
ママさんがひとりで経営していたスナックは、駅裏の飲み屋街から外れたテナントビルの片隅にあった。盆暮れのかきいれどきですら、客はボクひとりという店だった。
ドアを開くと、店内にはいつもジェーン・バーキンが流れていた。壁には『時計じかけのオレンジ』のオリジナルポスターと、マリー・ラフォレの白黒ポスターが貼ってあったっけ。
もともとボクはカラオケなどしてうるさく呑むのは苦手なタチだったので、この店で焼酎をあおりながらママさんと映画談義をするのが無上の楽しみだった。
「ねぇ、ママさん、アレ、見せてよ」
深夜、ぐでんぐでんに酔っぱらったボクがお願いすると、いいかげん酔ったママさんも「あいよ」と愛想よく、ボクに背を向ける。
ワンピースのファスナーをころあいまで下ろすと、ママさんは姿勢を戻して煙草をふかしはじめる。ママさんはヘビースモーカーだ。
しばらく待っていると、ママさんの背中から翼がもくもく生えてくる。
いったん成長しはじめた翼は見る間に成長していく。
「どういう仕組みになってんの?」
ボクはいつものまぬけな質問をしてしまう。
「ハイ、これで限界」と、ママさんは翼を数回ストレッチして思いきり広げてみせる。ハクチョウの翼そっくりの翼を。
一枚一枚の羽根が透きとおるほど薄くレースのようだ。紫外線ライトに照らされた白シャツみたいに、翼全体が蛍光色のベールに包まれている。
「テレビとか出たらいいのに。絶対すごいよ、コレ」
「若いころだったらね。こんなバアサンになってからじゃイヤよ。もういい?」
「もうちょっとだけ」
そんないつものやりとりをしながら、ボクは翼を目に焼き付ける。
確かにどこにでも転がってそうな六十がらみの女と純白の翼との合成には無理があるかなあ、なんて思いながら。
「じゃ、おしまい」
ママさんのひと言で、翼はしぼむよう背中に隠れていく。
ママさんの求めに応じてファスナーを上げるときに見る背中は、たびれた女の背中に過ぎない。
「もう少し若かったらなあ」
ママさんが愚痴と煙を吐き出す。
ボクもなんだかせつなくなって、そんなときは思いきりバカバカしい映画の話なんかを始めて、ふたりでへんてこに盛り上がったりしたものだ。
そんなふうにして、何度あの店に通っただろうか。
結局、ママさんの翼を見たのは後にも先にもボクひとりになってしまった。