花火大会は色々なことを思い出す。蔓を引っ張ってさつまいもを掘り出すように花火という触媒が花火にまつわる色々な思い出を揺り起こす。それも面白いことに花火の大きさの違いだけではなくその周辺にいる人たちの雰囲気、花火大会の環境、火薬の量、その振動に応じて思いだすことは変わってくる。

 今日の花火大会は高校生の時に毎年行ってた横浜の花火大会のことではなく、中学の時に初めてできた彼女と行った鶴見川の花火大会を思い出した。ちなみに鶴見川というのは東京都の町田のほうから流れている神奈川東部の川で、以前テレビで有名になった「タマちゃん」もその川にしばらく生息していたこともあって、知っている人は知っている川である。


 当時15歳の僕は初恋の子と付き合った。そんな彼女とはいつも遊ぶという感じではなく、お互い運動部に所属しているということもあって、帰る時間が重なった時にだけ僕が彼女を送るというのが僕らのほとんど唯一と言っていいデートだった。(ただ、彼女の家と僕の家は学校を挟んで全く逆の方向だ)

しかし、結局彼女が部活先の1つ上の先輩を好きになったということで恋人という関係はそんなに長くはつづかなかったが、僕らは別の高校に行ってもお互いに新しい恋人が出来ても、定期的に会って自分の近況を報告しあう感じの仲になった。それはお互いの家に遊びに行ったり、僕が高校になってから覚え始めたドラムを教えたりと、不思議な関係は続いた。


 僕は高校の時に勉強というものをほとんどしなかったせいで、もちろん大学に入れるはずもなく、そして昔から頭のよかった彼女は当たり前のように大学に入っていった。僕たちは浪人生と大学生という、似ているようで相反する関係になり、その生活サイクルもまた2人とも変わってほとんど会うことも連絡することもなくなった。
 僕が浪人している途中、ある日彼女から連絡があり、それは彼女の結婚の報告だった。付き合っている恋人との間に子供が出来て、籍を入れた、と言っていた。それは僕にとって文字通り、ただショックな出来事だった。悲しいとか、そういう感情ではなく、自分の好きだった人が結婚したり子供が出来たりすると誰でも少なからず感じる独特の感情のようなものだったにせよ、当時の僕はかなりビックリしたのだ。


 彼女の相手は仙台の中にある有数のデパートの一人息子だったので、彼女も当然のように仙台に嫁いで行く方向で話は進んだ。結婚式も相手方はかなり多くの人を呼んだらしいのだけれど、彼女は本当に仲のいい友達3,4人と家族を呼んだくらいだった。僕も結婚式には誘われたが、結局相手先にも色々と都合が悪くなるかもしれないということで行くのをやめた。


 彼女に子供が出来て、1回会ったことがある。それは彼女が仙台に本格的に引っ越す用意を始めるために、休学していた大学を辞め、色々な手続きをしにこっちに戻ってきてる時だった。

 詳しいことは覚えていないが地元のファミレスで会ったのだ。いつものように最近の近況を話しあっていた時、ふと急に彼女が言った。

「私のお母さんはずっと、私と○○(僕の名前)が結婚するものだと思ってたわ。私もそう思ってたけど。もし私が今の旦那と別れてももらってね」

「いいよ、いつでも別れて来なよ」と僕は冗談にして返したけれど、このことは今でもたまに頭を掠める。彼女は本気そう思ってたのだろうか。もしかしたら僕も彼女と最後は結婚すると思っていたのだろうか。もちろん今はその可能性も無くなった。彼女は子供ができ、結婚して仙台に行ったのだ。さらに追い討ちをかけるように、僕は大学生になったその年の初め、携帯電話を落として彼女の電話番号やアドレスを無くしてしまった。

 それから彼女とは連絡は取っていない。


 そんな付き合っている時期よりも長かった不思議な関係は今はなくなったが、たまにふとした拍子に彼女の事を思い出す。今回それは花火大会だった。

 中学の時の鶴見川の花火大会では彼女と話したことはあまり覚えていないが、当時同級生の誰が誰の事が好きだったかとか、おそろくそんな話ばっかりだったと思う。そんな中で唯一覚えているのは、何故花火がどこから見ても丸く見えるのかということや、花火の音が遅れて聞こえてくるのは何故かとかそんな話だ。当時授業で習ってた理科の分野とリンクしてこんな話をしていたのでこの2つのことだけ鮮明に覚えている。記憶というのは一体どこを基準にしているのか、とても不思議だ。


 そんなことを今日の花火大会を見ている時にふっと思い出し、彼女と一緒に見た鶴見川の花火大会からもう10年の歳月が流れてるのかと思ったら、急になんともいえない気持ちになった。一緒に見に来ていた大学の友達にぽろっと「寂しいね」と言ったら、「そんなこというから俺まで寂しくなって来ちゃっちゃったじゃないか」と言われた。彼はおそらく、僕の言ったのは花火の侘びしさの事だろうと思ったのだろう。