6/16大河ドラマ「八重の桜」を観て・・・ | マイ フレンド

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皆さん、お久しぶりです(^^)

雨降らないかなと思っていた先日までとは違い

関東地方も雨が降って漸く梅雨らしい天気になってきましたね。

でもちょっと雨止んでくれないかなぁと思うんですが

仕方ないですね。

気温も上がり暑いですが。。。部屋の中は28℃。。。

エアコンつけようかな。。。我慢します。


さて本題ですが

今日NHKの大河ドラマ「八重の桜」を観ていました。

(といいますか、毎週欠かさず観ています。)

簡単に説明しますと

時代は幕末~明治で会津に山本八重(新島八重)という砲術指南の家の娘の話なんですが

1月から放送されていますが、今はいよいよ幕末戊辰戦争で舞台は東北戦線。

錦の御旗の元、明治政府軍(官軍)の薩摩・長州・土佐藩他が

旧幕府軍・会津藩討伐の為、東北へ戦線拡大で進軍しているところが現在の舞台。

戊辰戦争といえば鳥羽・伏見の戦いや

会津戦争や五稜郭戦争が有名な幕末の舞台ですが

悲しいドラマをまた発見しました。

そこは現在の福島県二本松市にあたる二本松城。

ここを突破されたら会津城まですぐそこというところ。

二本松藩がここを守っていましたが、

歴史の紐を解いていくと、激戦区とも言われたところらしいです。

私はそれまでは知らなかったのですが

今日観たらなんだか凄く悲しくなって自然と涙流しておりました。

戦力が乏しくなっていた二本松藩は最年少12歳から17歳の

年端も行かぬ少年の兵も戦場へ行くことになりました。

白虎隊は16歳~17歳が中心でしたが

後に二本松少年隊と名づけられたその少年兵は

勇猛果敢に官軍に向かっていくのですが

如何せん官軍の新技術の銃や大砲の前では戦力差が違い過ぎて

少年兵を指示していた隊長、副隊長が落命し、

少年兵十数名も戦場で命を落としいく姿が描かれていました。

まだ小学生や中・高生の少年達があまりにも悲しすぎて

涙が出てしまいましたね。

誰が良いとか悪いとかじゃなくて時代の背景で

このようなことが起こっていたなんて悲しい歴史の一ページを

初めて知りました。

二本松藩は奥羽越列藩同盟の会津藩の為、負け戦承知でも

最後まで義に殉じた雄藩だと思います。

ネットで調べてみると、この二本松戦線が最大の激戦区とも言われているらしいです。

死者の数で言えば他の藩も200名を越えるのでありますが

二本松藩は300名を越える激戦だったそうです。
(少年兵も含め)

次回はあの有名な白虎隊がタイトルになっているので

どんな風に描かれているのか興味が湧きます。


二本松藩についてはいろんなサイトがありますので

是非調べてみてくださいね。

それでは!