2022.2.26に蝶やで行われた工藤刀匠との食事会での質疑応答になります。
工藤刀匠がブログを持っていない事から、主催である蝶やのブログにて公開する運びとなりました。
工藤刀匠、参加された皆さん、文字起こしをしてくださったFさんに感謝申し上げます。
長文の為、その1.その2に分かれての投稿になります。
2022.02.26 工藤将成刀匠食事会 質疑応答
※質問順 順不同
< 刀作り・仕事内容について >
Q.刀匠を目指したきっかけ・経緯・体験はどのようなものですか?
A.きっかけは、学生時代に見たあるバラエティー番組です。そこに東京の有名な吉原義人先生が偶然ご出演されていて「やろう」と思いました。このあたりの詳しい話は、ウェブメディアに書かれていますので興味があったら覗いてみてください。
Cf.たまたまテレビで見掛けて「これになる!」と決め、18歳から歩み続けた刀匠(刀鍛冶職人)という仕事【いろんな街で捕まえて食べる】
https://suumo.jp/town/entry/kiryu-tamaoki/ (SUUMOタウン2020-03-24)
Q.刀の原材料はどこから調達していますか?
A.たたらを持っている公益財団法人日本美術刀剣保存協会から玉鋼配布の通知が来て購入します。
Cf. 島根県仁多郡奥出雲町の「靖国たたら」跡地を昭和51年6月24日「日刀保たたら」として復元し、昭和52年11月8日に、高松宮殿下の御臨席のもと火入式を行い、正式に復活させました。
日立金属株式会社及び株式会社鳥上木炭銑工場の協力のもとに「たたら操業」を行い、この技術の保存と後継者の養成につとめており、生産された玉鋼等を全国の刀匠に頒布して、文化財保護に貢献しています。
(公益財団法人日本美術刀剣保存協会ホームページより引用)
Q.購入制限などはありますか?
A.最上位ランクの玉鋼には上限がありますが、そのほかはないです。
Q.刀を作る工程で好きな工程はなんですか?
A.鍛錬が順調な時は楽しいですが、なかなかないです。順調な時はやっていて「気持ちいいな」と感じることがあります。材料によっても変わります。特に、この謙信景光風の短刀(展示下段)を作るときに使った靖国の玉鋼の鍛錬は気持ちよかったです。簡単に言うと、何の苦労をしなくても勝手にいい鋼になってくれる感じがしました。現代の作刀方法としてはかなり雑に思えるようなやり方でつくったのですが、それでも不思議と勝手にきれいな地鉄になりました。それだけ材料の質がいいのだと思います。
Q.刀作りの工程の中で、最も難しい工程・失敗しやすい工程はなんですか?
A.先程の質問と同じく鍛錬の工程です。焼入れも同じくらい難しいです。ただ、焼入れをするにも素地となる鋼をきちんと練り上げないといけないので、鍛錬の工程がより重要と言えます。しかし私の場合は、練る工程がほかの方に比べてすごく少ないので、鍛錬由来の不具合が出るリスクも高く、苦労するところではあります。
Q.1年でどれくらいの数の刀を作っていますか?1振につきどれくらいの日数がかかりますか?
A.1年間、焼入れが終わるまでで数えると大小合わせて大体10~15振くらいです。ただ、その中には作品にならないものもありますので、世に出るのはほんの一握りです。1振あたりの作成期間としては、長い刀だと1振打ちあがるのに1カ月くらいかかります。若い時は無理をすれば2振ぐらい作っていましたが、なかなかそこまではできません。
Q.一般的な打刀を1振作るとすると、どれくらいの量の炭が必要ですか?
A.私は少ない方ですが、120キログラム以上は使用します。
Q.最近は品質が悪い松炭が混ざることが多いという話を聞いたことがあるのですが、どうですか?
A.我々が松炭を購入する先はせいぜい1社か2社で、10年ぶりくらいに買ってみましたがあまり良くなかったです。生焼けというか、炭になりきっていないものが混ざっていて使いづらいです。それだけ職人さんが減っているということでしょう。原料となる松も少なくなってきています。職人さんが減っている一因としては、現役世代がまともに取り組んでもそれほど報酬を得られないくらい炭の価格が低い仕事であることと思います。
また、炭だけでなく砥石も今後の一番心配なところです。研ぎの仕上げに使う天然砥石が採れないので、100年後にどういった研磨がされているのか私にも想像がつきません。ただ、炭についてはロシアで作刀をした際に現地で用意してもらったシベリア産の炭が日本のものと比べても遜色のないものだったので、ちょっと国交がどうなるかわかりませんが、最悪そこから引っ張れないかなと思っています。あとは関税が高すぎても困ります。
Q.ふいごがもう作れる方がいないと聞きましたが本当ですか
A.本当です。それまではふいご大工というふいごだけを作る専門の職人さんがいたのですが、私の親方たちが独立する際に作ってもらったものが、最後の職人さんの最後のロットだったという話です。職人さんがいなくなった後は、ほかの木工職人に真似て作ってもらうこともありますが、本物と比べると質が低いです。壊れたら後がないものなので、私も古いものを大切に使っています。
しかし、ほかの現代の刀鍛冶は電動のものを使っていてあまりふいごを使いませんので、重要度としてはあまり高くないのかもしれません。私がふいごだけを使うのは、最低でも20~30分、長いと1時間以上かかる鋼を温める間に電動であれば炭割りなどほかの仕事ができますが、鋼に向かい合っていないので絶えず変化する炉の中への対応が遅れ、鋼が減ったり炭が余計に減ったりというロスが出るからです。つまり、全体の効率は度外視して炉の中の仕事の効率だけを考え、ものに向かい合って一番のいい仕事を目指しています。
Q.玉鋼は採れた場所によって変わると聞いたことがあるのですが、好み等はありますか?
A.島根(出雲)や岡山(長船)などの昔からの産地で採れた砂鉄を原料にして作った玉鋼は大変質がいいです。鍛錬するのにも玉鋼の質が良いと楽なのですが、実はたたら製鉄をするのにも元の砂鉄がよいと楽です。ここ何年か、たたら製鉄を勉強して関わっているのでとても痛感しています。砂鉄自体は日本のどこでも採れるので、桐生でも採れます。しかし、良いか悪いかと言われると良いとまでは言えない感じです。あと、今注目しているのは北欧でたたら製鉄されたもので、使っていておもしろいです。
Q.古刀のような地鉄の映りを出すことは現代でも可能なのでしょうか?
A.実は、来国俊風の小太刀(展示上段)に古名刀ほど明瞭ではないですが、そのような映りが出ています。しかし、技術的には謎の部分が多く、私自身もこの刀にどうして映りが出たのかはわかりません。特に広島の久保義博先生は研究熱心な方なので、技術としてそれを再現できるようなことをやっていて、かなり意図的にレベルの高い映りを出されています。映りが出る刀匠の方としては、吉原先生などほかにも何名かいらっしゃいますが、私の鑑賞眼から言わせると古名刀に一番近いのは久保先生と考えています。
Q.好きな刀工、目標としている刀工はいますか?
A. 古備前や山城の古いものは品格があって好きですが、特にこの人というのはありません。最終的に自分の目指すものがさらに良くなるように、いろんな研究のために様々な作風に手を広げながら作刀しています。例えば、展示中段の脇差は源清麿を参考にしていますが、清麿は伝法的には相州伝という正宗の流れとされる作風ですし、展示下段は備前伝の作風である景光を参考にしています。
Q.Twitterに投稿していた「十文字切り」のメリットやデメリット、狙いについてもう少し詳しくお聞きしたいです。(当該ツイート:https://twitter.com/
masashige910/status/1496836995695640577?s=20&t=7YIwAMBApm0mUWZlUzL-nw)
A.まず、ブロック状にした玉鋼を叩くことで伸びたものに対して真ん中に横や縦に切り込みを入れ、2層に折り返しまた叩いて伸ばす作業を繰り返すことを鍛錬といいます。鍛錬は、横に切って重ねて伸ばした次は縦に切って重ねて伸ばすのを交互に行うことが刀鍛冶の中ではセオリーとなっていて、この方法を「十文字鍛え」と呼んでいます。しかし、私が昔聞いた話では、縦に切り込みを入れて折り返したものを伸ばさずにそのまま横にも切り込みを入れてもう一度折り返すこと。つまり、1回の折り返しで4層にしてしまうことを本来「十文字鍛え」と呼んでいたそうです。
高温で鋼を叩いていると表面がどんどん酸化して膜ができて剝がれて目減りしていきます。玉鋼から完成するまでに私であれば1/3程度に減りますし、ほかの方であれば1/5程度に減ることもあり、目減りは避けられないものです。
しかし、この鍛え方は4層に重ねることもあり、もともとの玉鋼が厚いとすごく分厚い塊になってしまうので、なるべく薄く叩き潰します。そうなると、どうしても表面積が広くなり目減りの量も増えてしまいます。
また、一気に4層になるので、それをまんべんなく層同士がくっつく温度に加熱しないといけません。これもまた難しいので、この2点がデメリットになるかと思います。
メリットとしては、1回の折り返し鍛錬で通常2層ずつであるところを4層で行えるので、鋼を練る作業が一気に進むことです。ただ、そこに固執する必要は全くありません。
Q.新しい刀の作成依頼はどういうところから来ますか?
A.どういうところなんでしょう…ホームページもないのですが、どういった縁か頼んでくださる方がちらほらいらっしゃいます。ちなみに今週、ヒロミさんが番組のロケにいらっしゃいましたが、そのオファーもどういった経緯で来たのかさっぱりわかりません。なにかで見つけてくれて…例えば、展覧会に作品が出ていたのを見て「この人が作るものはよさそうだ」と依頼してくださった方やメディア関係から依頼してくださった方もいらっしゃいます。
Q.山姥切国広は個人所蔵ですが、その写しを作ることは可能ですか?
A.実は5年前に、そのようなプロジェクトを立ち上げられないかという話はありました。その場にいた審神者の方が「じゃあ私が頼みます」と仰って、正式にご依頼を受けて3振同時に進めていたのですが、依頼主の方のご病気が理由でどうしても続けられないとのことでキャンセルになったことがあります。
Q.費用はどのくらいでしたか?
A.私の普段の依頼料から比べるとかなり高額な金額でお願いいただきました。普段は刀であれば130万円前後で受けていますが、最近の依頼も含めて写すものが名刀なので、そのあたりの研究費によって割高になってきます。大体150万円くらいからと考えていただければと思います。
Q.その時の玉鋼はどこのものを使いましたか?
A.日刀保の一番いいやつを使いました。ただ、国広の出来を考えるとそれだけで作るのも合わないので、古鉄を混ぜて少し古みを出しました。
Q.以前YouTubeで欄間職人の方とご出演されたときに、その欄間職人さんはお客様から「愛車のポルシェの木彫りをやってほしい」といわれて、いままで作ったことがないものを作成していましたが、例えば「押しの刀を模したペーパーナイフが欲しい」など、依頼があれば作成していただけるのでしょうか?
A.ご依頼があればなるべく応えたいと思っています。今は刀作りが忙しいのでやっていないですが、ペーパーナイフや小柄小刀、包丁、アウトドアナイフなどは作成したことがあります。インスタグラムに昔のものが少し残っていると思いますので、参考にしてください。
Q.ぽんと刀を買えるほどのお金はないのですが、業界になにか貢献したい場合はどこにお金を落とせればよいのでしょうか?
A.一番は趣味層が増えてくださることが大事なので、日刀保の会員になっていただいたり、各地の支部に入ってその世界に関わっていただいたりするとありがたいです。やはり、刀が好きな人というのはご高齢な男性の方が多いので、会員の数も今後10年で半分くらいになってくると思います。ですから、刀を買わなくていいので、好きなものとしてそういう場に顔を出してもらえると嬉しいです。
Q.海外と日本では気候が違いますが、刀を作るにあたって何か差はありましたか?
A.なかったですね。日本でも、湿度の高い梅雨は刀を作るにはよくない季節ですが、東南アジアとかでない限りは問題ないです。ロシアで作刀したときは恐ろしい寒波で寒かったですが、それ以外は問題なかったです。でも、その寒さのせいか焼入れの際に刀がなかなか赤まらない、時間がかかった感じはありました。また、気候とは関係ありませんが、向こうで用意してもらった炭が濡れていたという問題はありました。
Q.刀を作り出すというお仕事、刀がそばにある生活の一番の魅力は何でしょうか?
A.この仕事をしているからかはわかりませんが、国宝や文化財など数多くの古名刀に触れて楽しませていただく機会も割とあるので、ありがたく思っています。また、私も古名刀を持ちたいと思っていますが金銭的に叶わないので、そのような刀を自分で作り出せたらという気持ちもあります。