蝶やの秋刀魚

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秋刀魚、食べました?



昨年の刀剣展以降、今までほとんど来店することのなかった20代〜30代の女性の来店が増えました。


今年も秋刀魚のシーズンが始まり、塩焼き、刺身とご好評いただいてます。

(秋刀魚の刺身 肝醤油もご提供)
(食べ終わった中骨は油で揚げて骨せんべいに)

(秋刀魚の塩焼き 前盛りは日替わりです)


20人に一人ぐらい、秋刀魚の塩焼きをお出しすると、箸を持ったまま戸惑ってしまうお客様がいます。


どうやら、食べ方がわからない様です。


先日は、実は丸ごと一尾の秋刀魚を食べるの初めてなんです。とおっしゃられた方も。


基本的には、好きに食べて下さって結構ですよ

とお声がけしますが、

押し付けにならない様に、ワタと身を一緒に食べると苦さが和らぎますよ

とか、

大根おろしと一緒に食べるとさっぱりしますよ

とか、

レモン(今、蝶やではレモンの代わりに青みかんを添えてます)は全部に絞るより、食べる分だけ絞る方が、味の変化を楽しめますよ

など、アドバイスをさせていただいてます。


言われてみればスーパーやチェーン店では半分に切ってあることをも多いし

口直しの前盛りや、レモン、大根おろしが付いていないことも。


また、スーパーで売られている生秋刀魚、

売れる価格帯は100〜200円程度

その価格帯ではどうしても、小さく、細い、脂の乗りが悪いものしか出回りませんよね。


焼き方も、スーパーの惣菜やチェーン店では、コンベクションオーブンで焼くことも多く、

残念ながらどうしてもパサパサになりがちですね。


(蝶やでは、ふっくらと余分な脂を落とし、外側がパリっと仕上がる様に遠赤外線のグリルを使い焼いてます)


美味しいものを、美味しいように


料理の基本ですが、残念ながらコストや効率でおざなりにされてしまう「こと」や「もの」も多いですね。


日本料理と看板を掲げるならば、基本に忠実に、本当の、本物と、言われる料理を提供していかなければ…と


新しい層のお客様と接して、改めて、襟を正す思いです。


秋刀魚はやっぱり、蝶やに限る


そんな風に言われるように、頑張ります!



こんにちは蝶やです。


足利は江戸の頃より、織物の産地として、たくさんの織物の卸問屋が軒を連ね、全国から買い付けに来る業者をおもてなししてきた歴史を持つ。


いわゆる接待の文化がある。


そのおもてなしの為に始まったのが、今では関東でも有数の花火大会。

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(2017年で103回を数える。2017年は刀剣乱舞〜オンライン〜とのコラボ花火も)

業界の社交界があり、その有志達が町のインフラを整備したり、神社を寄進したりした。

その一つが織姫神社である。

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(織姫神社)

イベントや町のインフラ、観光資源。

今では一般的には行政主導で行われるものが、足利は民間発で行われてきた。


それだけ、財力と人脈があったのだろう。


その気質は足利市民に定着し、市民活動も盛んである。


ある人は市民活動の発祥は足利であるとも言う。


それは今までは、そこに住むと言う、単なる「住民」であった人達が、

繊維業の隆盛と言う財力を後ろ盾に、全国に先駆け、「自分達のまちを自分達で創る」と言う概念の元、「市民」として様々な活動を展開したからと言う事に由来する。


そんな中、市民活動団体の先駆けとして生まれたのが、「足利友愛義団」である。

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(織姫神社にある足利友愛義団の碑)


その血脈は受け継がれ、足利にはユニークな市民活動団体が多い。


機織りの職人のまちと言うよりは、卸問屋の商人のまちとして栄えた足利は、商業と市民活動が結びつくことも特徴の一つかもしれない


ここで言う商業とは自店の利益のみを優先する狭小な商業ではなく、公益としての商業である。


足利もご多分にもれず、地方特有のドーナツ化現象が進む。

倒産、閉店も多く、シャッター通りと言われる商店街となった。

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(足利のメイン通りにもシャッター通り。夜は暗さが際立つ)

かつて、たくさんの加盟店で、潤沢な資金を背景に様々な仕掛けをしてきた商業会も、加盟店が減少し、解散した商業会もある。

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(JR足利駅前の電気機関車。これも商業会が設置したものだが、当該商業会は解散している)


そんな中、細々と足利のおもてなしの気質を受け継いで生き残っている店もある。


昨年の山姥切国広展ではそんな生き残った店が協力店として手をあげ、コラボメニューや各種割引など様々なおもてなしを展開した。


関係者の予想をはるかに上回り、来場者は4万人近くに達し、まちなかには人が溢れた。


昭和の頃の活気が戻った様でもあった。


あれから一年近くが経とうとしている今、

昨年足利を訪れ、足利を気に入り幾度となく再訪してくれ、足利のファンとなってくれた方も多い。


それは、

足利の為という公益の精神と

訪れてくれた方の要望を叶える為というおもてなしの精神があったからこその結果だと思う。


今回、2月から始まった秘蔵刀剣展で、新たな刀剣ファンの方が足利を訪れ、足利のおもてなしを気に入って下さっている。


そして、足利のファンとなった方が、新たに足利を訪れる方達に対して、足利の良さを発信し、

市外の方にも関わらず、我がまちのように足利をガイドしたりなど、

足利市民に代わり、おもてなしをしてくれている。


ファンの方が商店にアドバイスをし、共に商品開発やおもてなしのアイデアを出している。


ファン特有の交流や情報発信、と言ってしまえばそれまでかもしれないが、自分はそこに、足利への愛情を感じている。


更には

自分の住んでいる街には馴染みの店はないけれど

足利にはたくさんの馴染みの店がある。

とか

自分の住んでいる街の市長は知らないけれど

足利の市長は知っている。

という話もよく耳にする。


これって、凄い事なんじゃないかと思う。


蝶やはこの一年ずっと刀剣ファンとの距離を縮めてきた。

それは、

蝶やとファンとの距離ではなく

足利とファンとの距離をである


その結果が

「自分のまち(故郷)の様に感じる人」を増やし

「自分達のまちとして創りあげて」くれている。


これらのことは自分の想像をはるかに超えている。


かつての繊維業の特需を「ガチャマン」と呼ぶ。

織り機がガチャリと動くと、万の金が入ってくる

という意味らしい。

自分はこの言葉が嫌いである。

経済優先にも取れるこの言葉はあまりに軽薄で、

事実、売れるからと品質を落とし、

顧客のニーズや時代の機微を見誤り

足利の繊維業は壊滅的に減少した。


あの頃の栄華をもう一度

そう考える人も少なからずいる


しかし、どうだろう?

それは、バブルよもう一度。というぐらい

恥ずかしい事ではなかろうか?


いま、一振りのお刀をきっかけに

万の友を得たのである。


おもてなしとは、訪れてくれる人があって、初めて成り立つ言葉。


いい時代、余裕ある時に、人に良くするのは当たり前。

大変な時にどのように振る舞えるかで

人の本質がわかる

とは、自分の師匠の言葉


今、大切なのは、

いかに儲けるか

ではなく

いかに訪れてくれる人のニーズを汲み取り

おもてなしをするか

ではないだろうか?


経済効果はその二次的な結果に過ぎない


そう、思っている。


刀剣ファンから足利ファンへ。の試みは成功しつつある様に感じる。

リピーターの増加、その一つの帰着としての移住も現実にある。

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(オフ会でのマスコットの集合写真)

ただ、ここに来て少し違和感を感じているのも事実。


お刀を入り口(きっかけ)として、郷土の歴史や文化財の再認識と言うのがまだまだ弱い。


それは足利にお刀をきちんと理解している人が少ないと言う事にも通ずる。


お刀の背景には歴史があり、郷土があり、風土がある。


今回の展示の影國は鍛えの良さもさる事ながら、渡良瀬の砂鉄と言う山姥切にも通ずる素材の良さを感じる。

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(2018.2.2〜開催の秘蔵刀剣展のポスター)

けれどそれらの専門的な知識が語られることがない。

なぜなら、残念なことに、足利での製鉄の歴史背景まで語れる段階にない。


それは、語る人がいないと同時に語れるだけの資料が整備されていないということ。


お刀からの歴史や文化へのアプローチと言うのは一般的な歴史の解説とは少し異なると感じでいる。


先ずお刀(もの)があり、それを紐解く様に歴史や鍛刀地の風土や文化がもの語りとして展開する。

それこそが訪れる人の求めるところ


残念ながら、足利はまだまだ、その「求めるもの」を提供出来る段階に及んでいない。


救いは足利の特色である民間発の強さであろう。

しかしながら、その強さは行政と歯車が噛み合った時に力を発揮する。

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(民間発(商業会)のコラボイベント)

単に人を呼びたいだけでなく、どんな人に来て欲しいかを明確にする事も必要であろう。

それは、逆に言えば、こんな人には来て欲しくないと言う事でもある。

それらは、とてもデリケートで勇気がいる事でもある。


本当に来て欲しい人に来て貰う為に、足利は真剣に学び、議論を重ね、戦略を練らねばならない。


今はひたすら畑を耕し、タネを蒔いている段階。

これから、どんな作物を植え、どんな実りを求めるかを考える時期かと思う。


そして、一度、「足利ファン」=「足利にお金を落としてくれる人」という意識を払拭する必要があると思う。


足利に来れなくても、足利の事を温かく見守ってくれている足利ファンは大勢いる。

足利を気に入ってくれた。そんな人達の想いに応える為に頑張っていきたい。

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(感謝と応援の手紙)

「国は土ではなく人の心で出来ている」タゴール(インド・詩人)