★★★2-24
その朝二人は寝坊した。
「早起きは得意だって言ったじゃないかっ・・!」
テリィは車を運転しながら愚痴が止まらない。
「寝坊したのはテリィのせいよ!」
緊張してなかなか寝付けなかった昨夜を思い出す。
何でだよ、と思いながらテリィは猛スピードで街中を走り抜け、途中ポストに手紙を投函し、大型船の寄港する港に間一髪滑り込んだ。

愛車を船に搬入してもらい、船の搭乗手続きをする。
「テリュース・G・グランチェスター様とキャンディス・W・アードレー様ですね?」
乗客名簿に書き写しながら、乗務員が一人一人チケットを確認する。
(グランチェスター?)
久しぶりに耳にする名前にキャンディは少し驚いた。
「スウィートルームのお客様でなかったら、置いて行かれるところでしたよ」
乗務員は軽く嫌味を言った。
「・・スウィートルーム?何のことだ?予約したのは一等船室のはずだ」
テリィは疑問に思って確認すると乗務員は淡々と答えた。
「いえ、今朝一番に変更の手続きが済んでいますよ。差額は既にお支払い済みです」
二人はポカンと顔を見合わせ、不信に思って再度確認する。
「人違いじゃないのか?俺たちは何もしていない」
「いえ、お見えになったのは女性です。背が高くとても美しい。えーと、有名な女優に似た・・」
乗務員は女優の名前こそ出てこなかったが、二人は瞬時にこの不可解な状況の謎が解けた。
「母さんが来ているのか?」
テリィは三つの大きなトランクをなんとか両手に持ちながら、一気にデッキに駆け上がり、展望のよい所から辺りを見回す。キャンディも二つのトランクを引きずる様に後に続いた。
港は船出を見送る大勢の人たちで埋め尽くされ、旅立ちに胸を膨らませる乗客との間に、色とりどりのテープがカーテンのように舞っている。
二人は必死にエレノアを探したが、人ごみに阻まれ見つけ出すことができない。
そうこうしている内に大型客船のいかりが抜錨され、タグボートのサポートで船体がゆっくりと角度を変え始めた。
テリィが人ごみから少し離れた場所にその人を見つけたのはその時だ。
白い大きなつばの帽子をかぶったエレノアが独りで船を見上げている。
「あそこだ、キャンディ」
テリィが指をさす方に目を向けると、マーメードを思わせる軽やかな白いワンピース姿の女性を見つけた。
祈るように両手を組み、目は必死に誰かを探している。
「あ・・・」
二人には、もうどうする事も出来ない。
無情にも大型船は岸辺を離れ、大海原へ飛び出す準備が完了してしまった。
ボー・・・  
出航を告げる汽笛が鳴り響く。
キャンディはどうしてもお礼を言いたかった。
ミス・ベーカーに密かに感じていた想い。
それはニューヨークへ来てから更に鮮明になっていた。


 ――行き詰った時に何度か手を差し伸べてくれた。  君の居場所を教えてくれたのも、母さんなんだ

テリィを陰で支え、自分たちを今に導いてくれた人――
何も言わずに去ることなど出来ない。
(・・だけど、どうやって・・?)
名前を叫ぶわけにはいかなかった。
咄嗟にでた言葉。なぜその言葉だったのか自分でも驚いた。
「・・っ、マ・・・ママ――っ!!」
一瞬テリィは耳を疑った。そんな言葉がキャンディの口から出ようとは。
しかしそんな渾身の叫び声も、飛び交うさまざまな雑音にかき消されエレノアの元には届かない。
何度か叫んだが結果は同じだった。
(俺なら届くかもしれない、鍛錬を積んだ舞台俳優の声なら・・!)
必死なキャンディの姿に打たれ、テリィが大きく息を吸い込んだ時、
「ダメっ・・!あなたは目立っちゃう」
キャンディはテリィを止めた。
「腹から声を出すんだキャンディ、喉じゃない」
テリィの助言に、キャンディは今度こそと、お腹に手を当て
「ママァァ―――っ!!」(お願いっ、届いて・・!)
全ての思いをぶつけるように叫んだ。
出航の汽笛にかき消されそうになりながらも、その言葉は一矢のごとくエレノアの耳に届いた。
エレノアは二人の姿をデッキ上に確認すると、両手で口元を覆い、大粒の涙をこぼした。
ぽたぽたと溢れでる涙をぬぐいもせず、二人の姿を必死に眼で追っている。
(・・ありがとうございます。テリィと行ってきますね)
キャンディは心の中で伝え、大きく片手を振った。
傍にいたテリィは不思議な気持ちになりながら片手を上げ、母親に旅立ちを告げた。
(・・・キャンディにママをプレゼント出来るのか、すごいな・・)
テリィの胸は密かに熱くなっていた。

寄り添って甲板に立っている二人の姿が次第に小さくなる。
エレノアは船が水平線に消えるまで見つめていた。
二人の幸せを祈って。             


 2-24  船出

 

 2章 NY⇔シカゴ 完

 


©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りしました


💛この後、「中書き」と「考察」を挟んだ後、3章がスタートします 

 

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