小学校4年生の時の空白の一年。

塾もやめて、一旦お互いのストレスを

手放してみました。



宿題に追われる毎日に、お互い悲鳴を

あげていたのですね。だから逃げとも言えます

 



 

その時期、何に重きをおいたかと

言うと、ピアノです。

 

 




 

コンクールでもいい結果を残せて

いたし、何も勉強ばかりが全てでは

ない、という思考に変わりました。

 

 





 

ピアノのレッスンを週2回に増やし

先生のつてにより、コンクール直前だけ

オランダ人講師にレッスンをお願いしたりと

 

 




 

 

おのずと家庭での練習量も増え

ピアノに向き合う時間が長くなれば

1曲に密に、深く関わる事ができたので

そういった意味では

充実した1年間でした。

 



 

 

そんな時に、ピアノの先生から

進められた学校があります。

 




 

音大付属の中学校です。

結局その学校で、中学では男子は

募集しておらず

高校からの募集でしたが、

 

 




 

その時に、ピアノでの進路の考えが

始めて現実的に浮かんできました。

 

 





音大付属の中学校を調べてみると

気になる学校があったので


思い立ったが吉日、すぐに学校説明会へ。

家からもぎりぎり通学可能な距離。

先生方も含めのどかな

穏やかな印象をもつ学校。

 







 

受験希望の子に限り

講習を受ける事ができるので

早速登録。

 





 

それ以降

数回ソルフェージュ、視唱の授業

実技レッスンを受けさせていただきました。

 






 

‘ぜひこの学校へ行って欲しい!

曲がりにも音大に行けるのであれば

教職をとって、

音楽の先生なんていいじゃない!

学校の先生も大変だけど、公務員だからね‘

 

 









 

ピアノの演奏家を夢見ているのではなく

とどのつまり、私達夫婦は

‘音楽の先生‘になってほしいと

そう考えていました。

 

親の心情ここにあり…






 

 

結論から言うと

当の息子は

 







 

‘僕はピアノの道は進まないよ。

〇〇学校にも行かない。‘

 






 

 

と。

 






 

‘だって講習受けてた時は

行きたいって言ってたじゃない?

先生方にも顔を覚えてもらえたんだし

チャンスだよ!

 




それに、この難問が解ける子は

たくさんいるけど

ショパンを弾いて入賞する子が

どのくらいいるのよ?‘

  


 

母は必死で、早稲田中の過去問を

引っ張り出す

 

 




 

‘そんなの関係ないよ‘

 

 





と。

 

 







ここの中学なら、夫も賛成しているし

私立だけれど、私も腹をくくろうと

そう考えていましたが・・。

 







 

気持ちは違うところに向かっている

息子でありました。

 



〜小5秋のある日の押し問答〜より




 


 

続きますカエル