( ´・ω・) 楽しい江戸文学(2)「遊子方言」 【加筆】 | 江戸秋葉原文芸堂
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( ´・ω・) 江戸戯作を読んだり、江戸時代関連のニュースピックアップをしたり。江戸文化歴史検定一級第三回最年少合格。

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( ´・ω・) さて、今回は「遊子方言」 です。タイトルは、中国最古の方言集といわれる「揚子方言」 のもじりです。作者は田舎老人多田爺(いなかろうじんただのじじい)。1770年(明和7年)刊。


( ´・ω・) 物語の流れとしては、ある半可通の男が道中で年下の知人に出会ってから、吉原に誘い、柳橋から船に乗って、廓で遊んで、帰るまでの話です。以下が、目録(目次)です。堀とあるのは山谷堀、土手は日本堤。大門は、もちろん吉原の大門です。


目録(目次)

発端 付(ツケタ)リ  友の出会。舟の中。堀の様子。土手。大門口。

中の町

夜のけしき

宵の程

更ての体

しのゝめのころ


( ´・ω・) 話は、まずは柳橋近くの道から始まります。三十四、五の通ぶった男(以下、「通り者」)が、道端で知りあいの二十才ぐらいの「人柄よき柔和そうな子息(むすこ)」(以下、「むすこ」)に出会い、「正燈寺(しょうとうじ)」へと誘います。この「正燈寺へ紅葉を見に行く」ということは、吉原に行くということの隠語です。方向が同じ方角だからです。その誘いに「むすこ」は乗ります。まずは、柳橋の船宿「伊豆屋」へ。


( ´・ω・) 舟を待つ間も、舟に乗っている間も、「通り者」は通ぶって、猪牙舟の乗り方を講釈したり、舟から見える家について教えたり、いかに自分が吉原で顔が通っているかなどを自慢したりします(もちろん、誇大に)。もろに、半可通です。その半可通ぶりが露見してしまうのが、本作の楽しみの一つです。


( ´・ω・) 無駄話をしているうちに、山谷掘の船宿・山本屋へ到着。小塚原の火葬場の匂いを嗅ぎながらも、唄だの会だの流行についての無駄話を続けます。そして、衣紋坂(「やつぱりここは古風に、ここでずいぶん衣紋をつくろうがゑい」)で身だしなみを整えて、大門に入ります。まずは小田原屋という茶屋へ。「通り者」は常連ぶってますが、茶屋の女房からは「ぶしつけながら、おまへ様は、お見わすれ申しいんして御座りますが、あなたはどなた様で御座りましたね」と、言われてしまいます。常連ぶってますが、ほとんど来たことがなかったわけですね。それでも、「通り者」は嘘に嘘を重ねて通人ぶります。しかし、


茶屋の男「おかみさま。あれは何か、おかしなもので御座りますぞへ。大がいにあいさつをして、おかへし被成(なされ)ませぬか」


茶屋の女房「おおさ。おれ(*女性でも「おれ」を使う)も、そふおもふよ。……(以下略)」


( ´・ω・) 「通り者」、すっかり怪しまれて警戒されてしまっています(笑) 


( ´・ω・) 一方で、また別の客「平」(武士)が茶屋に来ます。こちらは茶屋にも顔を知られた、ちゃんとした常連です。この「平」は、馴染みの遊女とは別のところへ行こうとして、茶屋の女房に止められます。(「なんさ。それはおよしなんし。私どもが大ていなんぎいたす事じゃ御座りません。」……馴染みの客を他へ行かせると、茶屋にも責任があります)。そこへ、迎えの新造がきて、平は隠れようとします。けども、新造に見つかってしまって(「申しもうし、わっちを見てなぜにげなんすへ」)、連れていかれます。


( ´・ω・)そのあとは、夜のけしき。ここでは吉原の情景が、禿の声や、やり手婆の声、商売人の声とともに、流れるような文章で描かれます。韻文もある、技巧的な文章です。次は、宵の程。客と新造と舟宿・茶屋の主人などが集まって、宴会状態です。そして、肝心の更けの体


( ´・ω・) 「平」は待たされていて、新造が三味線を爪弾じきながら、間を持たせています。しびれをきらして、新造に手を出そうとする平ですが、「いいゑ、こうして置ておくんなんし。又しかられいんす」、と新造は断固拒否します。名代(遊女の代わりの新造)に手を出すのは禁じられています。でも、「又しかられいんす」ということは、一度は手を出されたということの裏返しですね。さらに手を引っ張る「平」に、「おがみんすにへ」(拝みますから=お願いですから)と、なおも拒絶する新造。怒った「平」は、帰ろうとします。それを新造はどうにか押しとどめて(「気を短くせずと、もちゐとゐなんし」)、さらに待たせます。


( ´・ω・) その隣座敷では、田舎座頭が客です。しかし、相手の新造は眠りこけています。新造はまだ若いので、一晩中起きていることはできません(新造が眠たがるのは戯作の定型)。それを起こして会話をします。そして、そのさらに隣の座敷では、最初の「通り者」がほとんど放置されて、一晩を明かしていました。一方で、「むすこ」は別室ですっかり遊女と楽しんだ様子。通ぶっている「通り者」がふられて、何も知らない「むすこが」モテるという洒落本の常套パターンです。部屋持の遊女は、いたく「むすこ」を気に入った様子で、話しかけます。


部屋持「もちッとゐなんせ。まだはやうおざんす」

通り者「もし わたしをばなぜとめなさんせん」

部屋持「おまへをば、ぬし(新造)がとめなんしよから、わたしがとめ申さずともようおざんす」

新造「なにす(好)かない。ぬし(=通り者)のようなものを、とめ申もんでおざんすか。はやく、出てゐきなんせ。夜があけんす」


( ´・ω・) 「通り者」、すっかり嫌われてしまっています(笑) 通ぶって、あれやこれやと駄洒落を言ったり、減らず口を叩いているのが原因のひとつです。隣座敷の新造からも、「ゑゝ、すかん」(ああ、好かない!)と頭を叩く真似をされるぐらい。結局、「何事もさへぬさへぬ。只々帰りましょ帰りましょ」と「通り者」は退散することにします。


( ´・ω・) そして、最後の「しのゝめのころ」(=夜明け前)。


( ´・ω・) 待たされていた「平」のところへ、ついに馴染みの遊女がやってきて、すっかり「平」は機嫌を直します。「平」は、「通り者」と違って財力があるので(「新ぞうを出すほうは、どう成ともおれがしてやろう」=禿を新造にするときにお金がかかるのを立て替えてやるということ)、遊女からありがたがられています(おまへのような客人が、もう一人あると、わたしは大体ゑゐこッちやおざんせん)とか、(今宵は宵の客人が帰ッてから、おまへの所へ来んしてから、心がとけてよく寝んした。それでも宵におまへの機嫌のわるふおざんした時には、いつそ、こわう(怖う)おざんした。どふぞ腹を立ててくんなんすなへ)とか。


( ´・ω・) 最後は、「平」は遅くまで居すぎてしまって、慌てて帰ります。そこへ、カラスの鳴き声がカアカア聞こえて、お話は終わりです。カラスの鳴き声で〆られるのも、洒落本の常套パターンです。


明の鐘 両方うその つき別れ (川柳吉原志)


( ´・ω・) この川柳が、吉原でのことを穿ってますね。どこまでが、嘘か本当か……。好きだなんだといっても、遊女の手管の場合もありますしね。それは、客のほうも同じことですね。


( ´・ω・) 長くなりましたが、以上です。他にも色々と面白い場面があるので、実際に読んだほうがいいです。文体に慣れるまで、面倒だと思いますが、そんなに長くはありません。ともあれ、「通り者」の話から、この時代(明和年間かその前あたり)が、いかにファッションだの遊びだの、会(唄だの遊びだの)だのが盛んだったかがわかります。江戸中期の、享楽的な平和さを感じられますね。