久米宏のラジオなんですけど(北海道では数年前に放送が打ち切られました、涙)
 
放送された内容は、
 
厳しい上司のいる職場を探してそこで!働きなさい❗
と言われた。
 
 
 
 
 
それが久米宏の父から教えだったそうです。
 
永六輔 彼はとても厳しかったそうです。彼のいる職場はいつもピリッとした空気が流れていたそうです。
そこで働いた人達はとても優秀な人材になったそうです。
 
指導者としてのスポーツの監督
監督次第ではチームが生まれ変わったように強いチームになります。
高校野球の甲子園がそれを物語ります。
駒大苫小牧高校 幸田監督 勝ち過ぎた監督http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50003
校長が『週刊誌にでも何でも訴えるなら訴えてください』って捨て台詞

 

”駒苫” 監督が甲子園につれていっても過言ではないでしょう。甲子園でも優秀な成績を納めました。

退任しちゃいました。故郷へ帰ったら、駒大苫小牧高校は甲子園が遠いチームになりました。監督効果にはいい選手も集まるのだとも思います。田中将大!  
 
ソフトテニスをたしなんでた時代がありました。
 
浜頓別に北海道のテニス連盟の役員のかたが 着任され
 
浜頓別中学浜頓別高校は、全道大会常連の強いチームになりました。
 
 
何が違うかってチームの選手の所作から違うんです。移動のとき
優秀なチームはテキパキ動き、
指導力の弱い監督のチームはだらだらと、
 ベタベタ歩くんです。 こんなに顕著に差が出るんだって不思議でした。
 
 
 少年野球の大会を観戦して 忘れられない出来事。
 
延長に入る前に円陣を作ったチームが
 守備で、
次から次へと球が飛んだ先、
飛んだ先の選手が
 エラー。
エラーが5つ以上続いたのです。
結果はモチロンそのチームは惨敗をしてしまいました。
 
円陣の中で監督は小学生のチームに監督は何と言ったのでしょうか?
 
監督「いいかエラーすんなよ‼  エラーで足引っ張んなよ‼  ミスしなかったら勝てるんだからな❗  球が来たら緊張しろ!」
みたいな事を言ったんじゃないかな?(私の憶測です、すみません)
 
  指導者はただ厳しいだけじゃダメですよね。
 
 
 
 
 私の場合の就職は

希望職種は経理だったので、
総務、経理の募集の会社で
何せ私は手先の不器用な人間だったので、

あなたの希望の職種は人員が足りてます。
自動車整備士で頑張って欲しい
といわれ一抹の不安を感じつつ
働き始めました、

新入社員の同期は車好き機械好き
  私と大きな温度差、仕事への対応力に
おおきな開きがあったのです。

工具の名称から覚え始めて、車の機械の
構造なんて考えただけで頭から煙が出そうな状態、
おまけに仕事をこなすには遅かった。
急かされるとミスだらけになる。

タイヤが飛んだこと、 オイルが吹き出したオイル交換後の車

まして、

人身事故まで起こしてしまった暗黒時代が十年続きました。
あの頃の事を思い出したら、

涙が吹き出しそうになります。


配置がえされるまで


まさに地獄の終わりまで長かった。


仕事は楽しくやりがいが無かったら、成長が無かったらダメですよね。 四十代でやっと仕事の遣り甲斐が見つかったのです。


叱られてばかり、飴貰えなかったら辛い日々ですよね、



  貴乃花親方頑張れ!


 適材適所ない人事が軽はずみに行われている。上司に恵まれない悲劇もたたありmあsいよね


貴乃花親方は、



教える側も努力工夫が大切ですと頑張ってます。