異端の定義とは何か。

 

それは、

聖書を説きながら、

イエス・キリストの救いを

説かないことである。

 

したがって、

現在の日本のキリスト教会は、

すべて異端である。

 

「えっ、イエス様の救いは

説いていますよ」と言うのか。

 

洗礼を受けることを

救いと言ってはいないか。

洗礼を受けることを、

イエス様を信じることとしていないか。

口先で、イエス様は私の救い主、

と言うことを救いとしてはいないか。

聖書は神の御言葉だと信じる、

と言うことを救いとしてはいないか。

 

以上のようなことが

一例でもあれば、

その教会は異端である。

 

したがって、

現在の日本の教会は、

すべて異端である。

 

「教会員」をひとりでも

増やそうということに躍起になり、

教会に通い始めた人に、

「そろそろ洗礼を受けましょう」

という集中砲火を浴びせ、

「まず洗礼を受けましょう、

後のことは次第にわかってきますよ」

などと言う。

「洗礼の決心」などという

聖書にもどこにもない言葉を多用し、

洗礼を受けます、と言わざるを得ないような

状況に追い込み、

洗礼を受ける、という言葉を聞くや否や、

ハレルヤ、あなたは救われました、

と喜ぶ。

また、「洗礼の学び」などという

カリキュラムを作り、

どうやっても、最後には、

私はイエス様を信じます、

と言わざるを得ないような

問答集をやらせ、

信じます、と言ったり書いたりしたら

救われました、洗礼を受けましょう、

と言う。

 

この世には、

明らかに異端の宗教らしい

宗教も多くある。

しかしそれらは、

誰が見ても、

異端らしい姿をしているので警戒されやすい。

しかし、正統なキリスト教会を名乗り、

やはり正統な教会らしい姿をしている教会が

事実上の異端であるのだから、

日本のキリスト教会は、

本当に恐ろしいところである。