基本的に、義両親はとても良い人だ。

 

二人とも、道徳心を大事にし

 

人の気持ちを思いやってくれる人だ。

 

そして、旦那は大学の時に不登校でひきこもりに近い状態になり

 

留年している。

 

その時に色々と葛藤したそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

うちは、いつも昼は上のこと二人で外食しに行く。

 

気分転換とウォーキングを兼ねてだ。

 

つい最近、外食の後、義実家まで足を伸ばした。

 

そこで、色々話をしていたのだが

 

ふと、上の子の様子を見ていた両親が

 

「長男くん、学校行けそうじゃない!」

 

「そやそや、そんだけ元気なら学校行ける!」

 

「そんなん、精神的なもんやから、気にせんと行っとき」

 

口々に言い始めた。

 

私はギョッとしたが、同時に気持ちもわかった。

 

起立生調節障害は怠けていると思われやすく

 

それが鬱などの二次障害を引き起こす原因になると

 

知っていたらからだ。

 

私は、極力、言わないように言わないようにと心がけていた。

 

でも、それでも、耐えきれず

 

「学校行けそう?」

 

その言葉を発してしまうことがあり、

 

年は違えど、不登校の子どもを持つ経験者として

 

私自身を義両親に諌めてもらおうと思っていたのた。

 

なのに、私が言わないようにしている言葉を

 

ガンガンと言い始めたのだ。

 

これはまずいと思って、早々に帰宅した。

 

 

 

 

 

そして、家で、涙がこぼれ落ちた。

 

確かに、以前に比べたら格段に良くなった。

 

足を引きずりながら100メートルも歩けるかどうかという状態からは

 

脱した。

 

でも、学校には行けないのだ。

 

シンドくて行けないのだ。

 

それが精神的なものからくるのか、身体的なものかはわからない。

 

でも行けないのは事実なのだ。

 

もう、何度も行けそうなときは制服を着て

 

駐輪場まで行っては引き返してくる。

 

それを繰り返してるというのになんでそんな言葉をかけてくるんだ。

 

本人は頑張ってる。

 

十分頑張ってる。

 

そう思うと涙が止まらなかった。

 

 

 

 

そして、ちゃんと義両親に話そうと思った。

 

このままではいけない。

 

そう自転車を走らせた。

 

家に着くと義父だけいたが私の顔を見るなり言った。

 

「ごめんな。さっきは色々言いすぎてしもうたな・・・。

お母さんとそう話してたんや。堪忍な」

 

聞いた瞬間、私は涙が止まらなくなった。

 

「あの子はもう十分、頑張ってるんです。

 

一見、元気そうに見えても、しんどい時は本当に辛そうなんです。

 

寝る前に布団で、いつもだったら明日の学校の予定とか話してたのに

 

最近は話してないな・・・・・。

 

そうこの前、就寝前に呟いてました。

 

 

起立性調節障害の症状の一つである腹痛がひどくて

 

ご飯が苦痛でしかない。

 

ご飯が普通は楽しみなのに僕にとっては苦行でしかない。

 

そう病院で訴えていました。

 

本当に辛いんです。

 

学校に行きたくても行けないんです

 

精神論とかでは片づけられないんです。

 

もし、精神的なものとしても、お義父さんも鬱症状でたことあるなら

 

精神論じゃどうにもならないの分かってるでしょう?

 

言わないであげてください。

 

もう、学校とか、どうでもいいんです。

 

あの子が幸せになる道を自分で見つけていってくれたら

 

普通の道じゃなくてもいいんです。

 

私は、四六時中一緒にいるから耐えられなくて思わず

 

学校行ってみる?と言ってしまう時があります。

 

そういう時に逃げられる場所にお義父さんとお義母さんには

 

なって欲しいんです。

 

 

 

 

義父は黙って聞いていて

 

「ほんまにすまんかったなぁ。

 

そやなぁ。

 

幸せであってくれたらいいもんな・・・。

 

元気そうやったから思わず言ってしもうた。

 

ほんまにすまんかった」

 

そう謝ってくれた。

 

仕事から帰ってきた義母も謝ってくれた。

 

「息子で不登校は経験して、本人もしんどいって分かってる筈なのに

 

いかんな。。。つい言ってしもうた。堪忍なぁ」

 

 

 

分かる。

 

心底わかる。

 

どんだけ言いたくなるか。

 

どんだけ学校に行かせたくなるか。

 

でも、本人なりに頑張ってるのだから

 

そこは親も踏ん張るところだ。

 

私も心に戒めた。

 

色々な道がある。

 

焦らず、この子が幸せになれる道を一緒に模索していこうと。