美人弁護士は浮気男はまともに相手にしても仕方がない。事実を積み上げて矛盾を論破
しましょう。そういうスタンスだった。また、裁判に勝っても浮気男は損害賠償を払わないと
も予想している。僕も同様だった。だからこそ、早期に勝訴して、浮気男の給料を強制執行
で差し押さえて精神的に追い込んでやれというのが美人弁護士の描く戦略だ。
その戦略を遂行するには、証拠が必要だ。浮気男の矛盾だらけの嘘偽りを覆す必要があった。
浮気男が密室で暴行をうけた、無理やり念書を書かされたという嘘を覆すには、その場で義父が
録音していたボイスレコーダーが必要になる。
このボイスレコーダーの存在は気になっていたが、僕自身、聞くことができないだろうと思い、義父
から借りていない。あの浮気男との忌々しい対面を思いだしたくないからだ。今でもあの時のことを
思出すと眩暈がして気分が悪くなる。妻の浮気を本人の口から聞き、浮気男というありえない
男との初対面の場を僕はこの2年間、一度忘れたこがない。
そんなレコーダーだけに僕は義父にその存在を聞いたことはなかった。また、そもそも、ちゃんと
録音できているかどうかもわからない代物だ。
ただ、このボイスレコーダーの録音内容が裁判を左右する材料になることは間違いなかった。
僕はボイスレコーダーについて義父にお願いすることにした。録音できているかわからない。
また録音されていたとしても義父が破棄したかもしれない。。。
僕はあの当時の記憶に全身を蝕まれながら、義父に電話をした。久しぶりに話をした。
「おお、僕君かい。久しぶりだね。体調のことをいつも心配しているけど、なかなかこちらから
連絡とりずらくて。。。」義父は遠慮気味に、そして申し訳なさそうにそう言って電話に出た。
僕は手短に挨拶と近況を報告し、用件を伝えた。
「そっか。裁判になったんだね。本当にすまないね。君の人生を娘が台無しにしてしまって。。
ボイスレコーダーの中身はテープに録音してあるよ。少し音が悪いけどしっかり聞こえるから。。
今日中に速達で送ればいいかな。。。」義父は一言一言、遠慮なさそうにこたえた。
とりえあえず急いで裁判資料を作成する必要があるので、直接、弁護士事務所に郵送してもらう
ようお願いした。義父との電話のやりとりは事務的に進んだが、最後に義父は搾り出すように
こう言って、電話を終えた。
「君が娘を許せないのはわかる。俺も男だから。でも、なんとか、なんとか娘にチャンスを与えて
くれないだろうか。。。。浮気男のような分別のない野郎は俺も許せない。。。悔しいよ。
まだ心の傷は癒えないだろけど、もう一度、娘との生活を考えて欲しいんだ」
親の本音だろうし、聞いていて辛かった。ただ僕は、
「お気持ちはわかりました」
とこたえることしかできなかった。
学生時代の仲間は結婚し、子供をもっている。みんな、新しい人生のステージを歩んでいる。
僕はずっと立ちどまっている。ずっと。
昔のように心から笑える日がくるのだろうか。