以前、YouTubeを見ていたら岡田有希子の「リトルプリンセス」の動画を見た。
良い曲だと思った。

何と作者は竹内まりやであった。
作曲家として最初期に他人に提供した曲ではないのか。
NHkの竹内まりやの特集で竹内まりやが岡田有希子の事を語っていたのを思い出した。

岡田有希子の相談にのっていたら自殺を止められたのではないかと長年自問自答していたという。
それでも33回忌が過ぎ、気持ちの整理も付いたらしく、岡田有希子のファーストシングル「ファースト・デイト」をセルフカバーしている。

竹内まりやはこの曲以外にも多くの曲を岡田有希子に提供している。
調べてみたら竹内まりやが他人に提供した曲でダントツに多いのは岡田有希子だった。

デビューから竹内まりやが関わったのは岡田有希子だけ。
岡田有希子のデビューに際し、竹内まりやが用意したのは「ファースト・デイト」、「リトルプリンセス」、「さよなら・夏休み」、「憧れ」の4曲。
全て素晴らしい曲ばかりである。
今聴いても色褪せない名曲揃い。
そしてサードシングルは「恋、はじめまして」。
この曲も良い曲である。
だか、それらの曲は大ヒットには至らなかった。

サンミュージックからポスト松田聖子を期待されていた岡田有希子にしては物足りないセールスだったのかもしれない。
岡田有希子は暫くすると尾崎亜美らの曲も歌うようになる。

そして松田聖子作詞、坂本龍一作曲の「くちびるNetwork」でヒットチャート1位を獲得。
アイドル戦線から勝ち上がり、トップアイドルに上り詰めた。
しかし、それから岡田有希子が亡くなる迄は僅かな時間しか残されていなかったのである。

竹内まりやは亡くなる直前まで岡田有希子曲提供を続けた。
しかし全面的に岡田有希子をサボートしていたのはデビュー当初の事。
晩年の岡田有希子との関わりは以前よりは遥かに希薄になっていた事であろう。

デビュー当時16歳だった岡田有希子に己の少女時代を投影したかのような楽曲を提供した竹内まりや。
内気な初恋に揺れる少女像を歌にした曲は岡田有希子に提供した曲以外には見当たらない。

竹内まりやは己の少女時代の想いを岡田有希子に託したのであろう。
しかし、竹内まりやが目を離していた瞬間に岡田有希子は内気な少女から大人になって行ってしまったのである。

岡田有希子の自殺と竹内まりやには何の関係もない。
だからこそ竹内まりやは後悔したのかもしれない。


岡田有希子が亡くなった後にも河合由希子や薬師丸ひろこらに曲を提供し、大ヒットさせている竹内まりや。
それどころかソロシンガーとしても巨大な存在になって行く事になる。

しかし私にはソロシンガーを辞め、作家として活動し始めたこの頃の竹内まりやの事が忘れられない。
自分の才能に確信が持てず、暗闇の中で手探りしていた頃の竹内まりや。
この時代なくして今の竹内まりやは存在しないだろう。

岡田有希子について語る事はあまり多くはない。
アイドル歌手の中では大人びた印象だった。
頭の良い娘で名古屋屈指の名門校向陽高校に合格したという。
今から思えば寂しげな笑顔が幸薄い人生を象徴していたような気がしてならない。

ファーストデイト
リトルプリンセス
恋はじめまして
竹内まりや 恋はじめまして