棚おろしと聞くと、「仕事」に関してイメージされる方も多いと思いますが、

 

今回は、「人生」の棚おろしについて。

 

私自身、人生を振り返ってみると、学校を卒業して社会に出てからは、忙しくてなかなか自分自身と向き合う機会がありませんでした。

 

ただ学生の時までは、暇な時間も多く、哲学っぽいことを考えてみたり、自分探しをしてみたりしていたので、

 

その時の方が、よほど自分自身のことをわかってきたような気がします。

 

そして、将来について、いろいろ妄想することも楽しみのひとつでした。

 

たとえば…

 

将来はマンガ家になりたいラブラブ(大好きなマンガ家さんに会いたいだけという、よこしまな考え)

 

とか

 

将来はインテリアコーディネーターになりたいラブラブ(当時、「私の個室」というインテリア雑誌が女子の間で流行っていた)

 

とか。

 

若かったので、将来は何にでもなれると信じていた頃のお話です照れ

 

さて、今はどうなのかと、答え合わせをすると、全く違う人生を歩んでいるわけですが、今ままでの人生が必ずしも不本意な人生だったとは思えず、むしろ、思いどおりに行かなくても、それはそれで楽しく、結局は自分の選んできた道の結果なのだと真摯に受け止めていますニコニコ

 

でも、そう思えるようになったのは、ここ数年のことで、それまでは無我夢中で、もがきあがいていた時期もありました。

 

それは子どもを産んで、初めての子育てをした頃が一番のピークだったような気がします。

 

ただでさえ大人になりきれていない自分が「人を育てる」なんてありえないとずっと思っていましたし、先輩ママさんたちから、

 

「幼稚園に入ったら、楽になるからそれまでの辛抱だよ」

 

と、その言葉を励みに頑張っていたものの、いざ幼稚園に入園すると、まさかの「登園拒否」笑い泣き

 

かと思えば、幼稚園の方針で、子どもが自ら「お母さんは帰っていいよ」と思えるまでは、子どもと一緒にいてくださいと言われ、まさかの朝の登園から帰りの降園までずっと一緒という、家庭と全く変わらない生活ぶり。

 

お弁当ももちろん一緒ですもぐもぐ

 

幼稚園に通う意味が全くわからないまま、1年が過ぎ去ろうとしていましたが、

 

おかげさまで、年少さんから年長さん全員が私のことを覚えてくれるようになっていました。

 

もちろん、お母さま方からも。

 

なぜか、全く知らないお母さまからも「いつも○○がお世話になっています」などと言われることもしばしば。

 

先生方からもいつしか頼られることも増え、園庭に生っている銀杏の皮むきや夏みかんのジャムなどを一緒に作ることもありました。

 

そして幼稚園にずっといると、先生の大変さや子ども達の目に余る自由さがウシシどうしても目に入ってしまい、自分にも何か出来ることはないかと、我が子をそっちのけで、いろいろと探すようになり、まるで私自身が幼稚園をやり直しているような気分で、次第に居心地がよくなってきました。

 

しかし、そう思い始めたと同時くらいに、我が子が突然、「ママ、もうお家に帰っていいよ」と言い出したので、逆に私の方が「いいの?」と聞き返してしまいましたガーン

 

正直、ルーティン化してしまっているし、楽しいし、「逆に今さら私はいったい何をしたらいいの?」とは、もちろん子どもは言えませんが、あんなに離れて過ごすことを心待ちにしていたのに、なぜか我が子の母からの最初の卒業(しかも自然)を快く受け入れられない自分がいて、それはとても複雑な心境でした。

 

でも、子どもの成長は待ってはくれません。

 

我が子は、私のそばから離れられなくても、確実に友だち関係を築いていたし、友だちも我が子が幼稚園にくることを楽しみにしてくれていました。

 

成長していないのは私の方でした。

 

「果たして、私は我が子に対して役に立っていたのだろうか?」

 

今でもそう思うことはありますし、今、我が子にその話をしても、あまり覚えていないようです。

 

でも、子どもが自分の意志で卒業を決められたことはとても喜ばしいことですし、それを見届けることができたのは、とても幸せで、私自身が子育てに自信がもてるようになったきっかけでもあります。

 

ちょっと、話が長くなってしまいましたので、次に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体の不調は、心の信号

テーマ:

どうやら今年は、「勉強」と「身体のメンテナンス」から始まり、終わる年になりそうです。

 

昨年は、自分でもどうにもならないくらい、空回りの出来事が多く、

 

自分の意志ではどうにもこうにも打破できないということを痛感した年でした。

 

まだ、年齢が若ければ、若さの勢いで乗り越えられた部分もあったかもしれませんが、

 

年齢を重ねて行くと、身体の調子が少し悪かったりするだけで弱気になり、そのうち、

 

脳が「休め、休め、まずは休め」と信号を出し、

 

これ以上負担がかからないようにストップ停止ボタンが強制的に発動され、一旦停止をすることでバランスをとっていった感じでした。

 

きっと、この信号を無視し続けていたら、のちのちもっと身体が悲鳴を上げていたことでしょう。

 

でもその前に、気がつけて良かったんだと思います。

 

しかし、今年は、自分では意図していないところで、導かれているかのように、坦々と物事が進んでいます。

 

前回書いた「鍼灸治療」もそうですが、ひょんなきっかけで受験勉強にも挑みました。

 

そして、昨年から引き続きですが、心理学を学んでいます。

 

一見、バラバラな行為ですが、

 

いつか、それらの点と点が一本の線で繋がるような気がしています。

 

「体が資本」

 

とは、よく言われますが、全くそのとおりだと私も実感しています。

 

体が健康だとつい、それが当たり前のように思ってしまい、無理をしてしまいがちですが、

 

時々は、体が発信する信号に耳を傾け、メンテナンスをしていくことが、長く心も体も維持できるコツなのかなと思います。

 

あとは、好きなことをしたり、美味しいものを食べたり、自分へのごほうびも忘れずに。

 

 

紙モノ雑貨&セラピーワーク

月のたてごと

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ひとりで試行錯誤しながらHPを作っているので、なかなか思ったような仕上がりにはならないのですが、少しずつ変えて行くつもりですので、是非チェックしてみてください。

 

今までの経験から培ったものを自分なりに組み合わせて、オリジナルのセラピーワークを随時考案しています。

 

自分自身で癒す(治す)力を持っているのだと自信を持ってもらえるようなメニューを考えています。

 

 

 

 

 

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