『Present For You』を観てきました。
新橋に行けば、すべてが受け入れられるんじゃないかと、錯覚を起こす様な映画。
なんて言えばいいんだろう。
これでいい、そのままでいい感が凄い。
まず観客は最初にこの映画を受け入れなくてはいけません。
役者が居て実写があって、人形が居てクレイアニメがあって、3D映像。
それはコロコロと入れ替わるというより、マーブル模様のように1つのものとして見えます。
境目はあるのだろうけど、それを知る事に意味は無いです。
昔「悲夢の日本語がどうしても気になる。」と言う人がいたけれど、これはそれ以上に不思議な世界。
受け入れて騙されて、自分も映画の中に入ってみることです。
監督のインタビューを読むと、オフィスに来てパイロット版を見た役者さんは、みんな即決で出演を決めてくれたとか。
大変で面倒くさくて無茶をしようとする梶原に協力する町の人みたいです。
ちなみにオダギリ目線で見ると、夏八木さんはおじいさま、石丸さんと風吹さんは、夫婦でお父さんとお母さんだった事がありますね。
撮影現場に漂う愛が映像に焼き付いて、見ている観客に届くのかも知れません。
物語もボスが梶原を受け入れるところから始まりました。
最初に目隠しされて連れてこられる梶原の、人形と実写の質感は圧巻。
人形が人間に近いというより、人間の肌を人形に近づけているようです。
このシーンは目隠しの布で顔が半分隠れているせいもあり、早くも煙に撒かれた気分。
実は他所で「体がクレイで顔が実写の部分も」という感想を読んだのだけど、そんなシーンあったかな?
もしかしたら、この感想を書いた人は騙されているのかも?
逆に私はリリコのシーンで、顔はクレイで体が実写の様に見えたところがありました。
肌の質感だけでなく、人形の動きも驚くほど忠実に再現されています。
梶原人形がオダギリと変わらない仕草を見せてくれるので、思わず人形の演技に集中してしまいました。
スカイツリーよりさらに2m高いGMM本社に居るボスはこの物語の中で”絶対”です。
梶原は運命を受け入れ、この町はすべてを受け入れます。
この町の住人は、切ないくらいに、本当に誰も何も拒否をしません。
まっずいラーメンもうまそうに食べます。
梶原を受け入れた住人達は、事件に関わってしまったことを嘆くこともありません。
最初の事件のお爺さんも自分の運命を受け入れているようです。
町を優しく見守るお爺さんや、事件の後のかわいらしいクミの様子を見ていると、
かつてラーメン屋で働いてた2人も、きっと運命を受け入れたんだろうなと想像できます。
最初はこの町を否定していた宗岡も最後はこの町を受け入れます。
由貴もそう。
自分の運命を受け入れ、宗岡さえも受け入れています。
最後に母親の敵をきっちり取った由貴だけど、愛が真実だったことがはっきりとわかるラストは清々しかった。
屋上で愛妻弁当食べてたおじさんも、きっと家に帰って家族に受け入れられることでしょう。
それだけでなく住人達は鏑木も、狐目の男も、すべて受け入れているのです。
これは人形劇だから出来る技ですよ。実写ではあり得ない展開じゃないですか?
不器用さんたちの町で唯一器用に見えて、実は重要人物なのがミーちゃんです。
一回目の鑑賞の時は、住人がミーちゃんの”器用さ”に気づいているのか、よくわかりませんでした。
だけど二回目の鑑賞で、最後に白菜を売ってるミーちゃんを確認!
しかも途中で「作戦変更って連絡しなくちゃ」とも言っていた!
つまり住人は知ってか知らずか定かでないけど、ミーちゃんを仲間として認めていました。
そしてミーちゃんはキッチリ自分のお仕事もしてるんです。
ということは、ボスはすべてを知っている?!
いったい、どうなってるの?って思ったけど、ハッと気がついた。
このボスはただただ遊びたいだけ。つまりダグバなんだと。
考えてみれば、ボスが人を消すのに梶原の力なんか全く必要ではないのです。
その証拠に、宗岡の秘書はキレイに消えました。
じゃあ何でボスは梶原を飼っているのか?
何のために荷物は送られてくるのか?
もしかするとこれは、壮大な鏑木おちょくりゲームなのでは?
ボスがすべてを知っているとなると、真実を知らないのは鏑木だけということになります。
ボスは住人達の不器用さを楽しみ、鏑木と住人達の攻防を楽しみ、騙された鏑木を楽しみ…
時には火に油を投げ入れたり、自ら町に出向いてみたり。
そして最後に嘆き、笑います。
『愛なんて嫌いだ!』と叫びながら。
すべてはボスの庭の池の中で起きていて、人形のボスの庭は箱庭なんです。
投げ入れられた餌を食べて生きている鯉は、ボスの気まぐれで生かされているだけなのだけど、池の中の暮らしを嘆く事も無く、その日一日を生きて明日につなげて行く。
愛を持って、町に受け入れられて今日を生きる住人達に、何度も挑戦して毎回負けている事にボスは気がついていないんでしょうか。
それとも今回の負けは認めつつも、いつか住人達の結束が破られ、受け入れるだけの優しい町が拒絶の町になる瞬間を見たいためにゲームを続けているのでしょうか。
あんなに悲しい顔で「愛は嫌い!」と叫ばなければ生きて行けないギブミーマネー社の社長。
社長がヤケを起こして鏑木さんを消さない事を祈るばかりです。
鏑木さんは住人から見れば敵役かもしれないけど、彼もまたボスの池の鯉に違いないのです。
この物語はヘタをすると「渇き。」に匹敵する重い話になってしまいます。
「渇き。」は、ハチャメチャさとポップさで重さをごまかしていたけど、こちらは半分クレイアニメにする事で現実感を紛らわせています。
ブラックだけど純粋で、耳を塞ぐ様な話の中に真実の愛がある、不思議な大人のためのファンタジークレイアニメです。
まだ見ていない人は、試しに見てみてください。
これは本当に体験しないともったいないです。
不器用だけど優しくて、すべてを受け入れる住人たちに呆れてください。
今日1日を生きたら嫌な事は忘れて、また明日を生きる、それでいいような気がしてきます。
今までより少し楽に生きられるかもしれません。
ここの住人達はこの映画を見ても、きっと次の日には忘れてしまうのでしょう。
住人達にとってはたわいない話なのかも知れません。
でも私は覚えておこうと思います。
とても素敵な映画だったから。
来週もまだやってます。
全国で上映館が9館ということで、観に行けない人もたくさん居ると思うけど、もし行ける状況にあるのなら行くべきです。
絶対おすすめ!
デラックスですよ~~~(^-^)
『Present For You』劇場情報
<2015-02-27 感想を追加しました>
Present For You(プレゼント・フォー・ユー)感想、追加。
新橋に行けば、すべてが受け入れられるんじゃないかと、錯覚を起こす様な映画。
なんて言えばいいんだろう。
これでいい、そのままでいい感が凄い。
まず観客は最初にこの映画を受け入れなくてはいけません。
役者が居て実写があって、人形が居てクレイアニメがあって、3D映像。
それはコロコロと入れ替わるというより、マーブル模様のように1つのものとして見えます。
境目はあるのだろうけど、それを知る事に意味は無いです。
昔「悲夢の日本語がどうしても気になる。」と言う人がいたけれど、これはそれ以上に不思議な世界。
受け入れて騙されて、自分も映画の中に入ってみることです。
監督のインタビューを読むと、オフィスに来てパイロット版を見た役者さんは、みんな即決で出演を決めてくれたとか。
大変で面倒くさくて無茶をしようとする梶原に協力する町の人みたいです。
ちなみにオダギリ目線で見ると、夏八木さんはおじいさま、石丸さんと風吹さんは、夫婦でお父さんとお母さんだった事がありますね。
撮影現場に漂う愛が映像に焼き付いて、見ている観客に届くのかも知れません。
物語もボスが梶原を受け入れるところから始まりました。
最初に目隠しされて連れてこられる梶原の、人形と実写の質感は圧巻。
人形が人間に近いというより、人間の肌を人形に近づけているようです。
このシーンは目隠しの布で顔が半分隠れているせいもあり、早くも煙に撒かれた気分。
実は他所で「体がクレイで顔が実写の部分も」という感想を読んだのだけど、そんなシーンあったかな?
もしかしたら、この感想を書いた人は騙されているのかも?
逆に私はリリコのシーンで、顔はクレイで体が実写の様に見えたところがありました。
肌の質感だけでなく、人形の動きも驚くほど忠実に再現されています。
梶原人形がオダギリと変わらない仕草を見せてくれるので、思わず人形の演技に集中してしまいました。
スカイツリーよりさらに2m高いGMM本社に居るボスはこの物語の中で”絶対”です。
梶原は運命を受け入れ、この町はすべてを受け入れます。
この町の住人は、切ないくらいに、本当に誰も何も拒否をしません。
まっずいラーメンもうまそうに食べます。
梶原を受け入れた住人達は、事件に関わってしまったことを嘆くこともありません。
最初の事件のお爺さんも自分の運命を受け入れているようです。
町を優しく見守るお爺さんや、事件の後のかわいらしいクミの様子を見ていると、
かつてラーメン屋で働いてた2人も、きっと運命を受け入れたんだろうなと想像できます。
最初はこの町を否定していた宗岡も最後はこの町を受け入れます。
由貴もそう。
自分の運命を受け入れ、宗岡さえも受け入れています。
最後に母親の敵をきっちり取った由貴だけど、愛が真実だったことがはっきりとわかるラストは清々しかった。
屋上で愛妻弁当食べてたおじさんも、きっと家に帰って家族に受け入れられることでしょう。
それだけでなく住人達は鏑木も、狐目の男も、すべて受け入れているのです。
これは人形劇だから出来る技ですよ。実写ではあり得ない展開じゃないですか?
不器用さんたちの町で唯一器用に見えて、実は重要人物なのがミーちゃんです。
一回目の鑑賞の時は、住人がミーちゃんの”器用さ”に気づいているのか、よくわかりませんでした。
だけど二回目の鑑賞で、最後に白菜を売ってるミーちゃんを確認!
しかも途中で「作戦変更って連絡しなくちゃ」とも言っていた!
つまり住人は知ってか知らずか定かでないけど、ミーちゃんを仲間として認めていました。
そしてミーちゃんはキッチリ自分のお仕事もしてるんです。
ということは、ボスはすべてを知っている?!
いったい、どうなってるの?って思ったけど、ハッと気がついた。
このボスはただただ遊びたいだけ。つまりダグバなんだと。
考えてみれば、ボスが人を消すのに梶原の力なんか全く必要ではないのです。
その証拠に、宗岡の秘書はキレイに消えました。
じゃあ何でボスは梶原を飼っているのか?
何のために荷物は送られてくるのか?
もしかするとこれは、壮大な鏑木おちょくりゲームなのでは?
ボスがすべてを知っているとなると、真実を知らないのは鏑木だけということになります。
ボスは住人達の不器用さを楽しみ、鏑木と住人達の攻防を楽しみ、騙された鏑木を楽しみ…
時には火に油を投げ入れたり、自ら町に出向いてみたり。
そして最後に嘆き、笑います。
『愛なんて嫌いだ!』と叫びながら。
すべてはボスの庭の池の中で起きていて、人形のボスの庭は箱庭なんです。
投げ入れられた餌を食べて生きている鯉は、ボスの気まぐれで生かされているだけなのだけど、池の中の暮らしを嘆く事も無く、その日一日を生きて明日につなげて行く。
愛を持って、町に受け入れられて今日を生きる住人達に、何度も挑戦して毎回負けている事にボスは気がついていないんでしょうか。
それとも今回の負けは認めつつも、いつか住人達の結束が破られ、受け入れるだけの優しい町が拒絶の町になる瞬間を見たいためにゲームを続けているのでしょうか。
あんなに悲しい顔で「愛は嫌い!」と叫ばなければ生きて行けないギブミーマネー社の社長。
社長がヤケを起こして鏑木さんを消さない事を祈るばかりです。
鏑木さんは住人から見れば敵役かもしれないけど、彼もまたボスの池の鯉に違いないのです。
この物語はヘタをすると「渇き。」に匹敵する重い話になってしまいます。
「渇き。」は、ハチャメチャさとポップさで重さをごまかしていたけど、こちらは半分クレイアニメにする事で現実感を紛らわせています。
ブラックだけど純粋で、耳を塞ぐ様な話の中に真実の愛がある、不思議な大人のためのファンタジークレイアニメです。
まだ見ていない人は、試しに見てみてください。
これは本当に体験しないともったいないです。
不器用だけど優しくて、すべてを受け入れる住人たちに呆れてください。
今日1日を生きたら嫌な事は忘れて、また明日を生きる、それでいいような気がしてきます。
今までより少し楽に生きられるかもしれません。
ここの住人達はこの映画を見ても、きっと次の日には忘れてしまうのでしょう。
住人達にとってはたわいない話なのかも知れません。
でも私は覚えておこうと思います。
とても素敵な映画だったから。
来週もまだやってます。
全国で上映館が9館ということで、観に行けない人もたくさん居ると思うけど、もし行ける状況にあるのなら行くべきです。
絶対おすすめ!
デラックスですよ~~~(^-^)
『Present For You』劇場情報
<2015-02-27 感想を追加しました>
Present For You(プレゼント・フォー・ユー)感想、追加。