【あの男が帰って来る。カークランド約1年9ヶ月ぶりのリング】
2008年10月16日。期待のホープ、ジェームス・カークランドはゴールデンボーイプロモーションと契約を交わした。24歳という若さであった。
当時カークランドは23戦全勝20KOという脅威のレコードをおさめ、主要4団体全てでトップランク入りを果たしていた。
「私は世界最高のファイター達と戦う準備ができています。この先幾多のビッグマッチが待っている事を分かっています。その戦いは全ての、あらゆるネットワークを通じて世界中へ配信されるでしょう。ボクシングの世界で自分の才能を披露したいと思っています」
カークランドは自信に満ち溢れていた。またそれに見合うだけの実力もあり結果も出した。勢いも、若さも、そして環境までもが整った事になる。次世代スーパースター候補ここにあり。カークランドの未来は前途洋々だった。
〝ジェームス・カークランドは米国ボクシング界の、今最もホットな若手スターであり、彼と一緒に仕事ができる事に興奮しています。近い将来、必ず世界チャンピオンになると確信しています〟
GBP社長のオスカー・デラホーヤも最大の賛美の言葉でカークランドを迎えた。カークランドの時代が来る。それはアメリカボクシングファン待望の米国スター誕生の瞬間だった。
カークランドの魅力は何と言ってもその獰猛なファイトっぷりだ。時はメイウェザーに代表されるように、華麗なアウトボクシングが主流の時代だ。
そんな中、ファンは無類のハードパンチを武器に突進していくインファイターの登場を待っていたのだ。
スラム街の貧しい黒人が、拳一つで成り上がる。絵に描いたような王道のサクセスストーリーだ。カークランドがバッタバッタと相手をなぎ倒して行く様はまさにアメリカンドリームを象徴していた。
→HBO制作のドキュメント動画はこちらHBO Ring Life: James Kirkland
カークランドは米国ボクシングファンの期待を一身に背負い、それに応えるように豪快なKOを連発し、観衆を熱狂の渦へと巻き込んで行った。
それが、5年前の話だ。順調に行けば今ごろ世界タイトルはもちろん、メイウェザー相手にビッグマッチも戦っていただろう。
しかし、未だ無冠。石田順裕に手痛い一敗を喫した後、キャリアを再形成している最中に、自身の素行不良のせいで投獄されてしまった。
そのジェームス〝マンディンゴ・ウォリアー〟カークランドが、長いブランクから遂に帰って来る。前回のカルロス・モリナ戦から、実に1年9ヶ月ぶりのリングとなる。
james kirkland highlights
【マンディンゴ・ウォリアーSMSプロモシーョンで再出発】
2013年10月16日、ロサンゼルスのとある会場で、ジェームス・カークランドのSMSプロモーション入りを発表する記者会見が開かれた。カークランドがこうして公の場に姿を現すのは久しぶりのことだ。
何台かのビデオカメラが回り、フラッシュが焚かれた。GBP入りの頃の盛り上りを思うと、そう多くはない報道陣の数だ。ますプロモーターの50セントが挨拶をした。
「ジェームスは静かなる闘志を燃やし、強い肉体を鍛え続けて来た。今は戦いに集中している。彼にリングを提供すれば、再び観衆を熱狂させるアクションを起こすだろう。チームの一員として迎え入れる事にとても興奮しています」
カークランドは29歳と言う年齢で、計6年と2ヶ月ものブランクを作っている。石田順裕の名を一躍世界中に知らしめた〝世紀の大番狂わせ〟の試合も、2年のブランクから帰って来たばかりの頃だった。
→石田順裕vsカークランド試合動画はこちらNobuhiro vs James Kirkland
理由は、武装強盗、強盗傷害、銃器所持などの犯罪を犯し刑務所へ入っていたためだ。いずれも本人の素行の悪さが災いした。
カークランドのニックネーム〝マンディンゴ・ウォリアー〟は、黒人のルーツである西アフリカの少数民族マンディンゴ族から来ているが、それだけではない。
本当の由来は、テキサス州の刑務所でサム・チェリーとモーリス・ハッチェによって1981年に設立されたブラックギャング〝マンディンゴ・ウォリアーズ〟の事を指していると考えられる。
カークランドは悪の道から足を荒い、スターボクサーになるべくリングへ戻って来るものの、その度にギャングスターへ逆戻りしてしまうのだ。
これが3度目のリング復帰だ。50セントから救いの手が差し伸べられ、やっと試合にこぎつける事ができた。
「ボクシングの世界に入る前から50セントとは友情を築いていた仲だった。信頼する50セントなら、私がリングで夢を実現するためのプロモーションができると信じています」
カリスマラッパーとしても有名な50セントもまた、12歳でドラッグディーラーを生業としていたバッドボーイだ。
50セントの名前は実在のギャングスタに由来し〝50セントの小銭を奪うために人殺しさえする〟の意味がある。
〝一生刑務所で暮すか、あるいはのたれ死にか。そこから這い上がるためにはグローブを取るしかない〟
そんなブラックコミュニティの絆が縁で、カークランドと50セントはタッグを組む事になったのだ。
HBO Boxing: 2 Days - Portrait Of A Fighter - James Kirkland
【新旧スターホープ対決。明日を掴むのは勝者のみ】
カークランドの大事な復帰戦のリングに当てられたのが、若手スターのグレン〝ジャージーボーイ〟タピアだ。
→過去記事、グレン・タピア ~ジャージーボーイの選択~はこちら
タピアはアマ130勝13敗の堂々たる記録持ってプロ入りして来た。プロデビュー以来、20戦全勝12KOのパーフェクトレコードを誇り、現在IBFスーパーウェルター級10位、WBOでは3位に着けている。
長いブランクのせいで世界ランクから落ちてしまったカークランドとは対照的に、23歳の若きNABO王者は今ノリに乗っている。
→グレンタピアのハイライト動画はこちらIntroducing Glen Tapia
「こんな試合が来る日をずっと待っていたんだ。いよいよだ。オレがスーパースターへの階段を上る時が来たんだ」
連日の取材攻勢にタピアは胸を張ってこう答えた。カメラのフラッシュに反射した汗が眩しい。
『将来の世界チャンピオン、グレン・タピアが遂に本格マッチに挑む』
各紙の見出しは復帰して来るカークランドよりも、勢いに勝るグレン・タピアの宣伝を謳っているものがほとんどだ。
カークランドが脚光を浴びていたあの時と似ている。時代がタピアを呼んでいるのだ。まるでデジャヴのように。
新旧スターホープ対決。
この試合はカークランドの復帰戦であるとともに、タピアの売り出し戦でもあるのだ。勝った方が上へ行き、負けた方は後退する。星クズの中からより光る星のみにスーパースターへの道を歩む権利が与えられる。
ここアメリカのリングではスターと呼ばれても、その星の数は1つばかりではない。米国のホープという星雲だけでもいくつものスターが存在する。
これにメキシカンやプエルトリカン、ヨーロピアンスターもいて、その上に復権を誓う元チャンプや、複数ベルトを狙う現チャンプが君臨している。
「カークランドはノックアウトを狙って来るだろう。もしこの試合のアンダードッグがオレだとしても受けて立つよ。またとないチャンスだ。絶対に逃げない。オレが強い所を見せてやるよ。逆にノックアウトしてスーパースターになってやる」
この一戦は、お互いにとってステップアップの試合であり、同時にアンダードッグでもある戦いだ。どちらかが潰れようとも、強い方が生き残ればそれでいい。それがこの試合の主旨であり、四角いジャングルの掟だ。
「カークランドがいかに危険な相手かは知っている。しかし我々は勝つために戦う。スターの座に座るにはこうした戦いを生き抜いて行くしか方法はない。グレンは次のステップに進みます」
タピア陣営は警戒を怠らない。世界戦まですぐそこまで上がって来たが、負ければ全てを食われる。カークランドにしても気持ちは同じだろう。この試合がどんなリスクをはらんでいるかは100も承知だ。
しかし戦わねばならない。戦わなければそのままお払い箱になるだけだ。
スポットライトの当たる場所は数少ない。だからファイトして獲るしかない。それぞれの願いが、想いが、汗や血となって飛び散りマットにしみ込んでいく。
どんなにホープともてはやされようが、戦って、勝って、初めてチャンスを掴む事ができる。
グレン〝ジャージーボーイ〟タピア vs ジェームス〝マンディンゴ ウォリアー〟カークランドは、12月8日HBOのセミファイナルにてスーパーウェルター級10回戦で行われる。
この勝敗の鍵は良くも悪くもカークランドだ。破格のパンチ力にグラスジョーを持ち、試合は倒すか倒されるかのスリリングな展開になる事が予測される。
果たして最後まで立っていられるのは新旧どちらのホープか。生き残った方は近くビッグマッチの舞台へと立つ事になるだろう、
戦いは終わらない。いつしか輝けるスターボクサーとなった日でも、更なるステージが待ち受けている。
Glen Tapia -Ready for Kirkland