今、書くのを中断して、田舎で知人から訊いた話をまとめています。

 

亡母が私のことや自分のことを、周囲にどう話していたのかということに向き合う気になり、できるだけ取材してきたのですよ。

 

この内容は小説の中で出てきますが、聞けば聞くほどズモーンと落ち込むことになりました。

 

田舎へ行く前に、少し書き始めた段階でやたらに甘い物に手が出てしまい、「これは精神的にきているわ」と気づきまして、いったん書くのを中断し、知人に「亡母の思い出話」として取材してきたのですが、何ともまあ……。

 

トラウマは落ちついたとはいえ一生ついて回る物、どこで出てくるかわからないという覚悟はしていました。

 

それに今書いているのは、私自身の虐待・発達障害の体験に基づいた小説ですから、「精神的にきつくなる可能性はあるし、あんまりしんどいようならやめよう」と思っていました。

 

やめなきゃいかんほど重度ではありませんし、書く意欲は継続中、ただしトラウマとストレスがさりげなく肩に乗っていますから、甘い物を制御する意味でも他の方法をとることにしました。

 

かなり重度なら素直に精神科でお薬を出してもらいますが、そこまでではないので、フラワーエッセンスを使うことにしました。

 

レスキューレメディです。

 

精神的にまいっている時、パニックの時に使う基本的なフラワーエッセンスで、同じ成分ですがバッチフラワーではレスキューレメディ、ニールズヤードではファイブフラワーの名前。

 

レスキューレメディの名前の方が有名なので、ニールズヤードでも「レスキューレメディ」と言ってしまったら通じました(^_^;

 

本格的に鬱病突入なら、これだけではとても対処できませんが、医師から処方された薬を服薬しながら気分転換に使うことも出来ます。

 

副作用は無く、その人の体質に効くか効かないかだけですが、まれにリラックスしすぎて眠くなることがあるらしいので、始めて使用するときは注意が必要。

 

これでも対処できなくなったら、素直に精神科でお薬を投与してもらいます<(_ _)>

 

 

 

いつもなら「書けなきゃ書けないでいいわ」と思うのですが、今回の小説だけは何が何でも書き上げます。

 

何年も前から書きたかったのですが、昨年母が死去し、「区切りを付けるのにいいかも」と書く準備に入ったのですが、なかなか進まず、今年こそは書き上げようと考えていました。

 

それでも「自分の負担になるなら、やめよう」と決めていたのですが、「絶対に書く! 精神科で処方された薬を飲みながらでも書く! 精神科に入院しても書く!」と決意したのは、目黒の5歳の女の子の虐待殺人と新幹線の無差別殺傷事件がきっかけです。

 

特に女の子については、まるで過去の自分を見ているような気持ちになりましたし、おそらく一般の人が感じていることとはかなり違う感想を抱いています。

 

むしろ一般の人々の感想を見聞きして、「そうか、普通の人はこう考えるのか」と温度差というか溝を感じましたし、殺傷事件の犯人については報道の仕方に違和感を覚えました。

 

そう、事件そのものもさることながら、その後の政治家の動向、識者の世迷い言(はっきり言えば、ろくでもない言い分)に対して、体験者として言わずにはいられなくなったのが本音です。

 

世間一般の反応は、かなりまっとうに見えますし、ここに正しい虐待や発達障害の実態についての知識が加われば、もっと理解も深まるだろうと感じています。

 

ところが、政治家はしょせんこの程度だとしても、識者と呼ばれる連中のアホな戯れ言には心底我慢が出来ません。

 

もちろん虐待・発達障害にはいろいろなパターンがありますし、私の体験だけがすべてではないとわかっています。

 

それを差し引いても、あまりにもバカな言い分が新聞にもネットにも堂々と書かれていて、さらに心ある人たちまでが「実態や当事者の気持ちに関する知識がほんの少し不足している」ゆえに、その的外れな言い分に引っ張られているのを見ると、情けないやら腹立たしいやら。

 

だからこそ、私は私の体験と言い分を小説の形で書こうと決めました。

 

虐待についてはKindleで『邯鄲堂綺譚3 かなわぬ願い』『邯鄲堂綺譚7 閉ざされた闇の中で』でも取り上げましたが、あくまでも虐待被害のごく一面を切り取っただけ。

 

同じくKindleで出している『運命の天輪』では、虐待が大人になってから深刻な症状を起こすこと、負の連鎖を招く有様が出てきます。

 

すでに私のシリアスな小説(コメディの方はお気楽ですが)ではあちこちに虐待の後遺症が出てきますが、すべて小さな断片にすぎません。

 

同じく虐待体験・発達障害両方を抱えていても、人それぞれで体験内容も思うことも違うと思いますし、むしろ多方面から当事者の意見や思いが出てくることが必要だと考えています。

 

まずは私自身、自分の知っていること、体験してきたことを、思い出せる範囲内で絶対書こうと決めました。

 

まだ記憶が消えている部分もかなりあるのですが、昨年の今頃に比べればずいぶん思い出していますし、何よりも今は幸せで落ちついている状態ですから、比較的冷静に過去に向き合えますしね。

 

『霧が晴れて見えたもの』を書いたときも、虐待体験を入れるかどうか迷ったのですが、テーマがぶれて散漫になりすぎることと、当時はまだ自分の過去に向き合えるような精神状態ではなかったので、1999年当時の大人の発達障害診断のひどさと無理解に焦点を当ててまとめました。

 

今書いている小説は、発達障害を抱えながらそれがわからず、さらに親から虐待を受けて大人になり、50歳を過ぎてようやく吹っ切るまでの物語。

 

誰のためでもなく、自分のために書いています。

 

あまりにもひどい識者とやらの言い分にあきれ果て、心ある人たちにきちんと当事者の気持ちを伝えなければ、私自身が納得できません。

 

もちろんこの小説を読んで、誰がどう思うかはその人次第です。

 

いろいろな反応があってしかるべきですし、その人なりに思うところがあればそれでいいと考えています。

 

この小説を出せば、親しくなり始めた人たちが私の前から去ることも考えられますし、数少ない親戚知人と絶縁することもありえます。

 

それはそれで結構。

 

切れる縁なら、しょせんはその程度のこと。

 

昔なら周囲の目や縁を切られる恐ろしさに脅えていたかもしれませんが、今は「失うものなど無い。もし一つ失ったとしても、何倍も善い物が入ってくる」と思っていますから。

 

まあ、図々しいおばちゃんになっただけかもしれませんけれど(^_^)

 

このような事情で、最低限草稿が仕上がるまではブログをお休みします。

 

簡単に書き上がるかもしれませんし、かなりの日数を要するのかもしれませんし、今のところわかりません。

 

時折皆様のブログには遊びに行きますが、暑さが厳しい中、お元気で<(_ _)>

 

 

 

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