現状

テーマ:
先日、談笑の弟子にて、一席勉強させていただきました。
その時の吉笑兄さんのまくらと打ち上げでいろいろな考えに触れさせていただきました。

そのおかげか自分の考えについて、久しぶりに深く考えられている気がします。
ずっと頭の隅に、新しい話を覚えなきゃ、だとか次のまくらを考えなくちゃ、だとか他にも覚えることや考えることがたくさんあり、いろいろな雑念が混じってきて、どれにもなかなか深く入り込めずにいます。
それじゃあとりあえず今のこの時間は新しい噺を覚えようと稽古をしても、また途中で別の雑念が出てきて集中力が乱れ、とこれの繰り返しで、やろうとしていることがほとんど進まず、どんどん不安になって心臓がばくばくして、夜も寝てるんだか寝てないんだか、なんだかわからないような状態でここしばらく過ごしています。


入門前にいろいろ調べて、立川流では二つ目の昇進基準があること、今の立川流ではそれに最低三年というのも加わっていることは知っていました。
そして談笑一門では早く二つ目になることにこだわっていて、早く二つ目になって自分のやりたいことを試してダメなら早いうちに辞める、ということを重視しているという考えを知りながらも談笑一門を選び入門しました。
入門前は三年でなれると思っていたし、なる気でいました。
けれど今半年と少し過ごした状況を客観的に見て、三年でなれるかというと自分の能力的にもかなり微妙な状況にいます。
でも今までの人生を振り返るに、スタートダッシュはいつもかなり遅いけれど、ある瞬間を機に急に成長するタイミングというのがあった気がしています。
それと似たようなものは誰にでもあるんじゃないかと思いますが、それができるだけ早く来ることを願いつつもがいている状況、それが今なんだと思います。
どうしたらそれが来るのかはまったく見当がつきません。

ただ今は目の前のことをやるので精一杯、どころか目の前のことすらまともに出来てない。
こんな感じのふざけた記事を書いていたらなんだかなぁ、と思われるような気がするし、少なくとも自分は自分のことをそう思う。
だからといって反省記事ばかり書くのも読んでても書いてても暗い気分になるし、というのが全然更新できていないことへの自分への言い訳です。
ちなみに上に貼った記事は自分の中で一番よく書けてるような気がしています。こういう面白さを落語で表現できるようになればなぁ。


打ち上げで吉笑兄さんに今楽しい? と聞かれ、なんとなく楽しいような気がしていたから、楽しいです、と答えました。
けれどその質問と答えがボディブローのようにだんだん沁みてきて、自分は今楽しいかどうかの自問自答を繰り返しています。
もちろんこんなのは二律背反なので楽しい面もあればそうでない部分もある。けれどそういうことじゃなくてもっと深い意味での楽しい、を自分の中に探しています。

とりあえず落語に絞っていうと、今のところ覚えた噺でやってて楽しいと自信を持っていえる噺は二席しかない。これを増やしていく作業をしていきたいけれど難しい。
なんというかただ覚えたことを一生懸命思い出しながら言ってるだけ、になってしまう。
覚え方が悪いのかもと思って少し覚え方を変えてみると、全然覚えられなくなって、もうどう覚えていいかすらもわからなくなってくる。
新しい噺をやる時は毎回ものすごく緊張して、必ずどこかしらで失敗する。
稽古不足なのはわかるけれど、稽古をしているとなんだかどう稽古していいかすらもわからなくなってくる。
明らかな違和感があるけれどどう処理していいか、わからない。
前座だから基礎を身につけるためにとりあえず無難なやり方でまずやってみたいけれど、どうすればそうなるかわからない。
というか自分がなにがわかってないのかもよくわからないから、人に聞くこともできない。

自分がやってて全然楽しくないネタを高座にかけても、お客様にも落語にも失礼な気がする。
だからといってその噺を楽しくやれるために時間を使うくらいなら新しく一席覚えるほうがいいような気もする。
覚えた噺に納得がいくまで考え尽くしてから次に行きたいけれど、そんなことは途方も無い時間がかかるし今はまだ現実的じゃない。
じゃあどんどん噺を覚えようと思ってもまた覚え方でつまずく。


この逡巡こそが楽しいような気もするし、そうでないような気もする。
安易に答えを出さずに考え続けることのほうがもっと大事なことのような気もするから、これでいいような気もしている。
けれど思っていたよりもいろんなことの速度がはやい。少なくともこのままだったらこの落語界の速度にはついていけない気がする。
気がしてばっかり。
AD