これが絆やね

[町田]山田卓也氏が訪問。戸田選手、平本選手、藤田選手に「オレの地元のチームは任せた!」

こういうのを見るとオジーはやはり素晴らしき監督だったのだなと再認識。この記事の間違いを指摘するならば、泰成と山卓は同時にプレーしてません。山卓・ヨネに玉乃か。知ってたら行ってたかもしれませんね。卓は地元だからっていうのもあったろうけれど、他の二人はオジーだからこそ足を運んだのでしょう。タイミング次第じゃコバだって移ってきてたかもしれないな。本当に唐井の編成ミスと恐怖の大王降臨がなければああいう結果にはならなかったのに。残念でならない。

というわけで、小林が10番をつけたヴェルディも気になりますが、オジーサッカーも気になるところです。ハシゴ観戦、あるで。
AD

菅野!陵平!

都並さんのどや顔が微笑ましかったですが、PKで二人が見事でしたね。1人目を止めて菅野が勢いをもたらし、決めれば勝ちというところで陵平がコース・スピード共に完璧なシュート。教え子があれだけ活躍したんだからそりゃ喜ぶよな。きっちりした評価基準の下であればこの二人を主軸に戦えていたのだが、彼らのプロ生活を考えるとそうも言ってられまい。よりレベルの高いところで活躍してナンボだ。相馬や森本に善朗と素晴らしい人材を出しているのに全く生きないっていうのは何か問題なんだろなやっぱり。
AD

頭脳派将軍の引退

しかしこのblogも半年間何も書かなかったのか…。

元日本代表DFが引退決意という記事が掲載されていたので誰だ?と思ってみてみたらヨネの名前があった。去年栃木SCを退団して今年は色々なチームでテストを受けていたようだが朗報は聞けず、決意したようだ。

このblogを開設して7年目を迎えるが、その間にチーム状況は激変しているしファンもだいぶ変わったろう。その開設当時から呼んでいる方なら私がヨネ・桐蔭組に対して思い入れがあることを理解されているだろう。讀賣撤退後のチームを支えた選手。99年当時は中澤・米山のコンビでザゲイロに関して10年は安泰だろうなんて考えていたことが思い出される。2000年にはフェアプレー個人賞も獲得している。もちろんその頃も良かったが、一番輝いていたのは2004年だったように思える。オジーの下で3バックの右を任されたわけだが、ここで彼の攻撃能力がより発揮された。攻守において本当に見ていて楽しかった。

その翌年、日本テレビから疫病神がやってきた。それによりチームは降格。そして最悪なことに脳に蛆が沸いているとしか思えないフロントが米山に対して戦力外通告を行った。この理不尽な解雇でチームはバラバラに。その後に川崎・名古屋・生まれ故郷の栃木でプレーした。川崎時代は出番に恵まれなかったが名古屋時代のプレーを見るとあの判断が間違っていたことは明白だ。2008年リーグ戦での1得点。彼が得意としているFKだった。こういう魅せる選手を放出した馬鹿フロントに対する恨みは消えることはない。

当時の害悪はもういない。チームに対する印象は悪いかもしれない。が、願わくば生まれ変わったクラブに違う立場で戻ってきて欲しい。その日を夢見ている。が、今は引退に対してお疲れ様という気持ちだ。素晴らしいプレーを見せてくれたことに感謝したい。
 
AD

人の心を動かせる人

何やら森勇介の復帰が濃厚だとか。そもそも何故クビになったのか疑問ではあったが、地方紙では守りを固めたいため、ということのようだ。色々騒がせていたようなのでwikiを見てみたら、相変わらずのようで…。パク・チュホに町で会ったらぶん殴られてもおかしくないレベルだな、ありゃ。
問題はありつつも、やはりあの突破は武器になるからまさか川崎が出すとは思わなかった。当然のようにJ1からオファーもあったとのこと。J2でお金もさほどないヴェルディには縁のない話、と思っていたから、驚かされた。「君にフェアプレー賞を取らせたい」という羽生社長の言葉に動いたようで。人の心を動かせる人、こういう人がトップなんですよ。日テレから出向してきたゴミ×2には出来ないことだよね。
さて、その森が更生するか、っつう話になるとそれはまた別なわけで。あれだけやらかしてちゃね。そこはそこでつきものだと考えたほうが無難か。
川崎ラストイヤーから10年、あの時のメンバーがまた一人加わるのか。よし、あとは総監(ry

HUGO

決して「ふご」ではありません。

2004年といったらホームのみならず、カシマ・磐田・万博・広島・日本平などなど結構遠征にも行ったものだが、ウーゴのプレーは殆ど印象にない(え)国立でのゴールもあれはフィニッシュよりもそれに至るまでの過程が見事すぎたからなあ。
そんなウーゴがクラブW杯に出ているのを今朝ズームインで知った。あれ?ウーゴってまさかあのウーゴ??と思ったら本人だった。大きくなったもんだ。当時平野や相馬の陰に隠れていた選手がまさかねえ。

名古屋の優勝

ピクシーはグランパスの救世主、これは間違いない。Jリーグが始まって間もない頃、お荷物クラブにやってきた一人の天才はその後名古屋を強くして引退。そして数年後に監督として帰ってきて、初の優勝へと導いた。名選手=名監督ではない、というのは良く聞かれる話だが、名将の仲間入りでしょう。ナラさんとか直志とか長年チームを引っ張った選手にとっても喜びは大きかっただろうな。グラは結構好きなチーム。康さんやヨネといった愛着のある選手がきっちり活躍してるしね。横浜を経て名古屋に行った隼磨、そして腐ったフロントの下で不要な苦労を味わってきた義成には素直におめでとうと言いたい。

お元気そうで何より

グラに移籍した高木が昨日は大活躍だったそうな。久々にブログ覗くかとみてみたらいつの間にか移転してたのね、ってどんだけ見てないんだ俺。
そん中で大変興味深いエントリを発見した。


野茂さんの解説がなにげに好きな高木義成です。

某サッカー放送のうるさい人たちよりよっぽど良いわ。


これが誰を指しているかは分からないし、高木の人柄を考えてもお世話になった人を含めることは考え難い。ただし私にとってうるさい人たちの中で真っ先に思いついたのはあいつ。そう、林を干して中盤崩壊させたり、杉山を干して左サイドを崩壊させたり、数多のFWから関(笑)をチョイスするという、無能振りを見せてくれたあの人物。バラエティで頑張ってくださいませ。

ディエゴ!!

赤鹿相手に後半44分同点弾。出来る子ですよ、本当に。上位争い出来るチームに行けばもっとリーグも面白くなるだろうに。今は上位とその他がはっきりし過ぎてるからな。
瓦斯はどうでもいいけれど、森重の退場には「ざまぁ」という感情以外ゼロ。大分との試合を生で見ていて汚いプレーばっかりで嫌いだったので。
さてヴェルディ。花粉にやられてダルダルの身体で動けず行かなかったけれど、やっぱり相変わらずディフェンスが課題なんですかね。平本の得点には驚いたけれど、今のチームで二点というのも期待できないし。しっかし大砲にやられるとはね。

情熱のマタドール引退

それにしても早すぎるだろう、25歳にして引退。。初出場と初ゴールは覚えている。アトレティコ・マドリードユースから戻ってきた後初出場のマリノス戦ではセットプレーか右からのクロスに対しボレーで合わせた。本人がガッツポーズまで考えていたというくらいのものだったが惜しくも阻まれてしまった。そして初ゴールは清水戦。山卓が出したパスに反応して、羽田をあざ笑うかのようなキックでゴールを決めた。その時はまだ高校三年生。
二年後の最終節マリノス戦でも、相馬祟人と息の合うプレーを見せこの二人がヴェルディを支える日も近いな、と思っていたものだが。二年後に意味深な言葉を残して徳島に移籍。それ以降はチームを転々と。
海外のユースに入れるくらいの逸材、何が問題だったのだろうと考えるが、こればかりはクラブだけの問題では無さそうだ。ただ、20代半ばにしての引退は残念に思う。