上色見熊野座神社
へ〜
苔、木、ツルなどの緑が
幻想的〜
この神社は、
伊邪那岐命、伊邪那美命、石君大将軍
を祀っています。
阿蘇の熊野古道って感じかなー


(熊野古道行ったことないけど)
素晴らしい参道です

パワーもらえそう
でも、ちとキツイ

階段が260段くらいらしい

そして、
さらに上に登ると、
穿戸岩(うげといわ)
があります。
この穿戸岩は、
健磐竜命の従者鬼八法師が
蹴破った
といわれています。
といわれています。凄い力ですね
蹴破ったということは、
この穴の形から想像すると…
足のつま先から甲にかけて
蹴破ったのかなぁ〜
……………












神様




神様デッカイ!!
進撃の巨人よりも
デッカイんじゃないの

想像すると面白いね


熊野座神社
始めて行ったけど、
よかった

近くだけど
行ったことない所
まだまだいっぱいあるね!
そして、
田楽を食べて帰りました

うまか〜
ここで、
健磐龍命(たけいわたつのみこと)の話。
健磐龍命は、神武天皇の孫で、
阿蘇都彦とも呼ばれています。
Wikipediaに地名に関する
面白い話が載っていました


以下引用…
当時、阿蘇カルデラの内部の阿蘇谷・南郷谷は湖(「介鳥湖」と呼ばれた)であった。健磐龍命は田を造るために湖水を排水しようとした。
そのときに子が生まれたので、その地は産山という。あるいは、生まれたのは健磐龍命の嫡孫で、命を山にたとえて「山が生まれた地」という意味の命名であるともいう。あるいは、生まれたのは阿蘇大神自身であるともいう。
そこから移動した健磐龍命は、排水のために外輪山を蹴破ろうとしたが、峠が二重になっているために破れなかった(二重峠)。2度目は山に隙間があったために成功し、湖水は西の方に流れ出た。「すきまがある」を約して「すがる」とし、以後この場所は「スガルが滝」と呼ばれるようになった。今「数鹿流ヶ滝」と書くのは、数匹の鹿が流されたためである。また、健磐龍命が蹴破った時に尻餅をついて「立てぬ」と言ったことから「立野」の地名ができた。
熊本市の小山と戸島は蹴破られた山の破片であり、菊陽町の津久礼(つくれ)は「つちくれ」の約で土塊が落ちたところであり、合志(こうし)という地名は小石に由来するという。また、大津町の引水(ひきみず)も関係地名である。
………………
やっぱり
神様
デッカ



地元民にとっては
面白い話ですねー
























良いし















































