タンタとノネムが歩いていた道は、しばらくすると行き止まりになりました。タンタは立ち塞がった壁に手をつくと、そのまま壁を見つめて話します。
「なんで、こんなことノネムに話したんだろうな」
 ノネムの方はというと、先程タンタが話してくれた内容を噛み砕く事に精一杯でした。
 つまりタンタは元々神の使いになる予定だった人で、でもなかれなかったと。その後アンが神の使いになって、アンにタンタは救われたと。
『お願いだから、アン様だけは傷つけないでくれ』
 あの時のタンタの気持ちがようやくわかったような気がしました。ノネムはタンタの隣に立ち、同じように壁に手をつきます。
「タンタは……」
「なに?」
「タンタは、人間なんだね」
「なんだ急に。ノネムは違うってか?」
「ううん、わからないけど。そうじゃなくて、その……」
 上手く言葉が見つからないなりにうんうんと考えていると、タンタは少しだけ口元を緩めて「ゆっくりでいいよ」と言いました。それを聞いてノネムは、頭の中がすーっとクリアになっていくような感覚を味わいます。感じたことのないそれは、唇をやけに乾燥させて。
「タンタは、優しいね」
「……そうか?」
「心があるから。たくさんの気持ちがあるから、苦しくなったり嬉しかったりするんでしょう?」
「どうだろうな」
「ボクは……。何も、わからない。胸がぎゅっと痛くなったりするけど、これが悲しいなのか、苦しいなのか、……わからなくて」
 タンタはふとノネムの方に体を向けてじっと見ました。ほんの少し前までは感情のわからない人形のようだったのに、今のノネムは眉間に皺を寄せて、唇を噛み締め。その様子はまるで過去の自分のようで。
「ノネム、なんか雰囲気変わったな」
「え?」
「よく喋るようになったし、表情も変わるようになったし。俺は今のノネムの方が好きだと思う。……記憶がないんだから、色々難しいのはしょうがないだろ。ゆっくり、そうやって悩んでいけばいいんじゃね?」
「悩む……」
「わかんないって投げ出すのは誰にでも出来るんだよな。思考の放棄は楽だしさ。……それに比べて真正面からぶつかるのは誰だって怖いよ。……うん、怖い」
 ふと二人の間に訪れた沈黙は、心地の悪いものではありませんでした。それぞれがそれぞれ思うことを考えては、そっと相手の様子を伺う。不器用で優しい時間は、たった数秒だったかもしれないし数分だったかもしれませんが、あっという間に過ぎていったことだけは確かでした。
「戻ろうか」
 タンタがそう言うと、ノネムは頷きます。そうして二人は来た道を、来た時よりも少し早歩きで、少し軽くなった心で、進むのでした。

「げぇっ!リロ何してんだよ!」
 空洞に戻ってくるや否や、タンタは慌ててアンの元に走りました。リロは座ったアンの膝を枕にすやすやと寝ていて、近寄ったタンタは躊躇なくリロの頭を叩きます。
「いっ……たぁい!なにするの〜!」
「こっちのセリフだ!アン様に何かしたら承知しないって言っただろ!」
「う〜、暴力は反対だよ〜、愚かな人間め〜……」
 頭を擦りながら起き上がったリロは恨めしそうにタンタを見ます。対してタンタはケロリとしてアンを見ました。
「アン様、なんか変な事とかされないか?大丈夫?」
 アンは微笑むと、ひとつ頷きます。
「大丈夫です。二人が行ったあと、すぐにリロは寝てしまったので……」
「はぁー?なんだそれ……」
「それでタンタ。向こうの道はどうでした?」
「あぁ……、行き止まりだった」
 先程の道を見ながらタンタが言うと、アンも同じように向きました。タンタはその横顔を盗み見ては、じくりと痛む胸を手の平で撫でます。それからフッと一度俯いてから、反対の道の方を向きました。
「あっちの道は全員で行こうか」
「はい!」
 タンタの提案に嬉しそうに返事をしたアンは、軽やかな足取りで細い道の方に行きます。それを皆もついていく形で歩みを進めました。
 しかし、ふと足を止めたノネムにリロだけが気づいて止まりました。
「ノネム?」
 リロの呼び掛けにも応えず、ぼんやりと立ち尽くすノネム。前を歩いていたアンとタンタもそれに気づき、戻ってはノネムの傍に寄りました。
「ノネム、どうしましたか?」
 心配そうにアンが呼び掛けても反応はなく、タンタは思わずノネムの肩を軽く揺らします。そうするとノネムはハッと目を見開き、ようやく目の前の三人を視界に入れたような、そんな反応をしました。
「おいノネム、大丈夫か?」
「あ……、うん……。ごめん……」
「疲れたか?」
「ううん、ちょっとボーッとしちゃってた……。先、進もう」
 そう言って歩き出したノネムに、他の三人は不思議そうについて行くのでした。