25w6d 不妊・妊娠に関するブロック | 徒然ゆるい絵日記

徒然ゆるい絵日記

1977年生まれ、転勤族だった人の妻の日記
家を建てて転勤事実上無くなりました。
39歳で妊娠出産、その後をつらつら書いています。
出産後は絵無し多いかも・・
ハンドルを長年使ってたものからいつの間にか変えてます

私が妊娠を伝えると、経産婦から言われる率が高い・・
(学校では眠そうに見られてた)
(「暗い」とか「神経質」とか言われるの嫌)
 
ブロック3部作目で、ようやくこのテーマ(笑)
 
私は、栄養と温めが足りなかったのだ
拒食症レベルでは無いが、食欲に対するセーブは思春期からあった
元からの偏食も原因だ
「お菓子やジャンクフードだけで生きられたら幸せ」だと思っていた・・
 
少し前に、きょうだいに好き嫌いアンケートメールを送っていた
4人の中で、私が一番偏食だった(笑)
 
弟に至っては、「好き嫌いは無し」
なんて良い子なんだ・・
ガリガリに痩せていたのは、「与えないと食べない子」だったからか~
お小遣いで、大きいカップラーメンとプロテインと養命酒を買っていたのを姉は知ってるよ、
駄目じゃん・・
今は、社会人時代のお仕事がらみで色々食べるようになったんだね
勢いで、調理師免許まで取れちゃったしね
 
とりあえず、「タンパク質とナッツ類は食べておけ」と、3人にメールした
 
食が一番細かった3番目(妹)は、昔は氷食症まであったのに、みるみる元気になったとさ・・
末っ子は、偏食持ちつつも調理は好きで、大きな問題は無し
(母と一緒になって、夜中にもらい物の魚をさばいていた子だし)
(母は厨房に入られるの嫌がっていたけど、末っ子はガンガン入って行ってたし)
 
結婚後はゼロから料理してたな私・・
実家に帰ったら地獄だから、頑張るしかなかった
 
煮物率高いけど、ダシ食材で遊べるまでになりまして
夫におかわりされまくる日々
満足度向上の為に、最近は、歯ごたえ食材を鍋の最下層に混ぜている・・
 
あと、温めの話
ストーブは1人の時はつけないようにして、コタツでじっとしていた
ただ、あまり室温が低いと、夫が帰宅時に怒鳴る
(実家でも私は、帰宅した母に怒鳴られていた)
 
2016年12月、
妊娠中虫垂炎で入院した時、夫は数日間いなくて私1人だった
急激に冷え込んでいたが、
病院の病室はとても暖かくて快適だった
絶食して入院したての夜中~早朝にトイレで白い泡を吐いていたのは、
病院が暖房をオフにしていたのと、移転間際の古い建物でトイレが特に寒かったからだ
 
冷えは、本当に駄目だ・・
お金がかかっても室内暖房が先で、そこから運動だ・・
 
話があちこちだが、高度治療を始める前の話に戻る(2011~2012年ぐらい)
総合病院でようやく両卵管が開通した後は、個人の産婦人科医院で漢方とビタミンEをもらって飲んでいた
ある日、青ざめた女性患者が飛び込んできて、玄関なのに、
「漢方飲み続けてたんですが・・生理が終わっちゃったんです!!」
私はその光景をきっかけに、
「あの患者さんみたいに、50歳近くまで漢方に依存してたらやばい・・」
と、通院をやめて、家に食費でミックスナッツを買って置くようにした
今では気に入った夫が自発的に買うようになって、ポリポリ食べている
私はアーモンドチョコに変更して、冷凍庫にナッツと一緒に並べて入れている(ナッツの虫が嫌いなので)
夫はアーモンドチョコも好きで、いつの間にか無くなっている(笑)
 
私がつわりでへばっていると、そっと、ミックスナッツを差し出してくる夫であった(笑)
ありがたくポリポリ食べている 
 
ええと、ブロックの話だった(笑)
最後に、高度治療のブロックを・・
 
自然に授かりたかったし、
お金かけるのも嫌だったし、クリニックも遠かったし、
高度治療代は昔は本当に無かった
 
最後は駆け込みだった・・!
最後の賭けだった・・
幸い、助成金も充実してきたところだった
 
夫の「男のプライド」もあったようだ・・
男性不妊専門科受診してくれてありがとう
男性患者さん多かったね・・
思い切って手術してくれて、ありがとう
自然に第2子狙える選択肢も増えたんだ、これで