高品質コーヒー豆販売店 tsukikoya

  スペシャルティーコーヒーの自家焙煎珈琲販売のカフェ
 
     テーマは「旅とコーヒーとカフェ」


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最終日

この日は、とても忙しくなりました。

朝から、海老名カイロプラクティックの三田村先生が、昨夜のBARの亭主さまの奥様のカイロをしました。

全く時間のない中でのたっぷり3時間。

私は、震災の1時間後から現在までの写真を見せてもらいました。

この山田地区は、津波の影響は街の3分の1位だったそうです。人々が潮の引いた後、家の確認をしている最中に、あちこちで、火事が発生し、あっという間に一晩で、一面焼け野原になってしまったそうです。

プロパンガスが爆発したんですね。


カイロが終わって、釜石へ向かいました。

これから、CAFEをオープンしたいと言う被災者の方の所へ向いました。

そこでは、関西からやって来た大学生のボランティアさんに出逢いました。

彼女達は、私を被災者だと思って、物資を運ぶ手伝いをしてくれました。

だまって全て運んでもらいました(笑)
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「個人で行動しているボランティアだよ」

と、正体をばらすと

えっ?とビックリして

「噂は聞いてます。個人でボランティアをしている方がいると。」

「逢えると思わなかったので、逢えて嬉しいです。鳥肌がたちましたぁ」

と言われました。

私達、ちょっとした有名人気分で調子に乗って、べらべらと・・・ついついしゃべってしまいました。

・・・・・・(恥)

でも、嬉しかったです。大学生が、一生懸命ボランティアしてました。

ちょっと偉そうに・・・・がんばれよーーなんて言ってしまいました(恥)

気分は上々です(恥)

その後、釜石の仮設住宅を離れて、大槌高校へお迎えに行きました。

実は、この高校生の家族5人を、今回被災地から、関東に連れて来る事になっていたのです。
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藤原さん一家です。

こちらのご主人は、全盲の鍼灸師さんです。

震災の時に、たまたま家にいた子供と津波から逃げました。

その後は、知人の家に身を寄せていたそうですが、「遊びたい!どっか行きたい!」と言う子供達に、「いつか、落ち着いたら、東京に連れてってやる!」と約束していたそうです。

そして、今回、私達が、家族五人を連れて、追浜に? 連れてきました・・・
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昨夜は、TSUKIKOYAにみんなが泊まって、今朝からは、東京観光をしています。
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今、友人が、秋葉原を案内しています。また、今夜は登戸の友人達と居酒屋で飲む事になっているそうです。

そして今夜は、友人の家に泊まって、明日、被災地へ帰る事になります。


今回の、被災地支援で改めて気がついた事は以下の事でした。

①仮設住宅には物資は届いていない。
これから先の冬物と丼の器が全く足りない。

②今だから話せると言う事実を聞いて、地域のコミュニティーや道徳心の必要性

③まだまだ現地を盛り上げる為にもボランティアが必要

④持ち上げられてると調子に乗りやすい私


また、来月も行きたいと思います。

今度は、9月の12日の夜に出発です。

大浦で、モーニングコーヒーの炊き出しです。

私達は、これからも細く長く支援して行きたいと思ってます。

CAFE TSUKIKOYA

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神奈川県のボランティアバス
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焼け野原のガソリンスタンド
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人力での給油
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焼け野原の居酒屋
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夜中まで続く現場
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焼け野原
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仮設住宅前の出店

ps,
毎度毎度ごくろうさまでした。海老名カイロプラクティックの三田村先生
&初参加のイベント企画屋さんのあいちゃんもご苦労様でした。

そして、今回も、私達にご協力して頂いた、皆様。
本当にありがとうございました。
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二日目は、最初から山田町の大浦の仮設住宅を目指しました。

その仮設住宅では、物資を届けたり、仮設住宅の子供達と遊んだりしました。
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そして、その仮設住宅のボスの部屋で、沢山お話をききました。

そして、ごちそうになりました。

お風呂も入りました。

デザートも頂きました。

最後、コーヒーもごちそうになりました。

本当はおもてなしをするのが大好きな東北人。

どっからか頂いた、刺身や、甘い物などで、私達をもてなしてくれますが、元々は漁師。
$cafe tsukikoya本当は、地元の港で穫れた魚を食べさせたいと言ってくれました。

今は、その地区にぴったりあった船を探しているそうです。

漁業が再開したら、乗せさせて頂く事になりました。

はやく、新鮮なサンマの刺身が食べたいです。

・・・・

・・・・こちらの方は、元々は地元の消防団長でした。

そこで、今回の震災で、私達が抱いていた地域性や住民同士のコミュニケーションについての疑問をぶつけてみました。

すると、避難所で生まれた「格差」について話してくれました。


今回の震災後に、皆さん近くの避難所に避難しました。

ある地区のある避難所に、ボランティアが物資を届けます。

その避難所には、沢山の物資が集まります。

そこに、近くの避難所の方が、分けてもらいに行くのです。

本家と分家のシステムの出来上がりです。

本家と分家の間には、立場上の上下関係が生まれたのです。
(あげる側ともらう側です。)

そして、仮設住宅が出来て、みんなが仮設に移る時に、沢山物資のある本家側の避難所では、欲しいものを誰かが沢山持っていってしまったのですが、物資を与えられていた分家側の被災者は、まったく何も持たずに仮設に移ったのでした。

誰からも、連絡も無い間に、仮設住宅に住んでいる人達の間では、物資のある方と無い方との「格差」が生まれたのでした。

どうやら、私達が、皆さんからお預かりした物資は、たまたま、何も持たない仮設の方々にお届けしていたそうで、本当に感謝されています。

そして、ここでも今後はどんぶりが欲しいと言われました。

今、どんぶりが人気です。

夜遅くなり、「泊まってけー」と言って頂きましたが、その日は、確認したい事があったので、その土地を離れて、夜10時の真っ暗な被災地の山田市街地に行きました。

初めて、来た3月を思い出しました。

そして、辺りを見渡すと、焼け野原の何も無い被災地の真ん中に、なんとBARが一軒ありました。
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当然入りました。

私「こんばんわ。何時までですか?」
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亭主「12時までだよ。」

その時は、既に11時でしたが、運転手以外はお酒を飲みました。

亭主「何をしに来たの?」

私「支援です。」

亭主「なんの?」

私の友人「色々です。カイロプラクティックなんかやりますよ。」

亭主「やってほしい人が居るんだけど・・・・」

私の友人「やりましょう!」

亭主「明日の朝お願いします」

私の友人「喜んで!」

こんな流れで、次の日に友人が、BARの亭主宅でカイロプラクティックをする事になりました。
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その日は、BARを離れ四十八坂と言う休憩所で、野宿しました。

お話は、前後しますが、実は、こちらのBARの亭主「遠藤さん」は、海からすぐの場所で、長い間BARをされていた方だったそうですが、その当時に知り合った、全国の方から、今回沢山の物資を送って頂き、そして、物資の行き届かない方や体の不自由な方に、物資の配給をしていた。被災者ボランティアの方でした。

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こんにちは~。tsukikoyaです。
毎月支援、被災地のご報告→ 3月4月5月6月7月
お店の地図はこちら

今日も元気に営業してます。

本日は、被災地からのご報告をしたいと思います。

震災から5ヶ月経ちました。

お客様からは、「えっ。まだ行っているのですか?」と聞かれます。
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そうですねー。もう少しの間、お手伝いしたいですねー。って答えます。
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復興とは、とても難しい問題です。

その答えは、被災者一人一人違う事を言います。

それを、行政や政治家が、強引に勝手に進めてしまうのは、私は反対です。

かと言って、力の弱い市民のペースで進めていても、先が見えません。

難しいですね。

だからもう少し、見届けたいと思います。


今回は、初めて石巻に入りました。

海から数百メーターの所に住んでいた方とお話をしました。

愛犬と共に過ごした車の中での何日間を、お話ししてくれました。

多少の物資を渡して、岩手を目指しました。

ずっと下道で北上しました。

途中で、小学校があったので、中に入ってみました。
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校内を登って屋上に着くと、そこには、流れ着いた牡蠣の貝殻が沢山ありました。
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さらに、ボイラーのある一番上に登ってもやはり、津波は丸ごと小学校を飲み込んだ跡が残ってました。

不安に思って、調べてみましたが、嬉しい事に、先生達の正しい判断で、全員無事に助かっていたそうです。

震災で生き残った方達は、必ずと言って良い程、運が言い方ばかりです。

語弊があったら嫌ですが、皆さんが、そうおっしゃいます。

ずっと北上していきましたが、各地の状況は悲惨でした。

そんな中、飛び込みで、仮設住宅に物資の提供をしました。

そこでの一番人気は、「どんぶり茶碗です。」
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どんぶり茶碗は、取り合いでした。

今度、沢山持ってきますね。

そして、さらに北上して、岩手に入り、その日は、早めに休みました。

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