セバスチャンは、悪びれずカズに視線をあててから、好奇心に溢れた田舎紳士が美味しい御馳走を見るように、唇を緩め、頬を火照らせ、澄んだ眼を輝かせて私を見た。
カズは心を決めたようだった。知ってる限りの曲を思い出し、心をこめ、技巧を尽くし、一心に吹くのだ。彼と私の愛と名誉がかかっている。命がけで一生に一度の勝負をするんだと自分に言い聞かせたにちがいない。
ダンテクが目配せしスキンヘッドのひとりがカズの縄を解いた。
カズはポピュラーな曲を、緩急とりまぜて吹き、みんなの気を引きつけてから次第に彼らの魂を平静に導くような曲を吹くと私に早口の小声で言った。手はじめにアメリカの曲でゆこう。最初はザ・ピンク・パンサーを吹く。
深呼吸をひとつしてカズは緊張を解き、軽い調子で吹き始めた。セバスチャンが聴き耳を立てたようだった。フルートの澄んだ音にはどんなヤクザも耳をすますのだ。つぎにイエスタデイ。まあまあだった。メモリーを吹いた時、「あ。これ、好き」とセバスチャンが声を挙げた。
そしてサマータイム。つぎがコンドルは空を飛ぶ(イフ・アイ・クッド)。セバスチャンは気をそそられたようだった。スカルボロウ・フェアを吹いた時、セバスチャンは低い声で唄った。いいぞと私は思った。いとしのクレメンタイン。マイ・ボニー。キャンプトン・レースとカズは続けて吹いた。セバスチャンが「ちょっと古い」と言った。
「もっとセンスのきいたのないのかよ。ジャズをやってほしいな」
(つづく)
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