父が手持ち無沙汰な様子なので、玉手箱を開いて中を見せました。
「同じ人からの手紙がいくつもあるよ。この人は、俺に気があったのかなあ?」
などと言います。(差出人の名前は女性です)
 
しかし、差出人が誰かはわからない様子。
中身を読んでみたら、と促すと、父は手紙を読み始めました。
 
手紙の中に「庁田にもまた来てください」とあり、父は「チョウダ?って何だ?」
と言いました。
 
「地名じゃないの?ほら、封筒の裏の住所にも『庁田』って書いてある。チョウダ?チョウデン?」
 
父は封筒をしばらく見つめた後に、厳かに言いました。
「『片田』だよ」
えっ?
『庁』にしか見えないこの文字が『片』だと?
 
「俺は旧制中学の頃、ここに下宿してたの」
と父は言いました。
 
「高校じゃなくて?」
と問うと、
「戦争が終わって高校になったの。それまでは旧制中学だったの」
とのこと。
 
推測するに、手紙の差出人は旧制中学時代に下宿していた寮の寮母さんではないかと。
 
認知症の人に、写真などのむかしの記憶を想起させるものはいいと聞くのですが、父は気分じゃない時はそういうものに見向きもしません。
見ていても「疲れた」と言ってすぐにやめちゃうし。
 
父の気が向いた時に、すぐに取り出せるようにしておくと会話が弾んで楽しいです。