「1週間前に彼氏と別れちゃったんですよね。」
冬と春の間の季節。取材先のお部屋に向かうため海岸沿いを走る車中で、マイルドな海風と優しく包み込むような日差しで少し夢見心地だった僕はハッと彼女の方を向いた。
運転する彼女の横顔が漫画の線のようにくっきりと浮かび上がる。

最寄りの駅まで迎えに来てくれた彼女の第一印象は凛としていて、ピンと張ったピアノ線のように透き通っているようにも、張り詰めているようにさえ見えた。
最近の大学生ってこんなに大人びてるんだなぁと感心していたのだけれど、なんだがその理由は、1週間前の出来事も影響している気がする。

お部屋は地方で最寄駅も遠いこともあってLDKの広い約50㎡1LDK。玄関を開けると南北に風が抜けて心地よい。
インテリアは、家主の好きそうな北欧ヴインテージやDIYで作った棚が中心。その脇を固めるように異なるテイストのアイテムが散りばめられていた。

撮影自体は順調に進み終盤、アンケートシートでも記載がわずかだったキッチンへ入った時、隅っこに集められた器の破片の存在に気づく。

どうするか尋ねようと彼女の方を向くと、向こうもこちらの言いたいことが分かったのか

籠からガサゴソとビニール袋を取り出し、サッと片づけてくれた。

「最後に会った日に落として割っちゃったんです。でも実家から持ってきたものだから、すぐに捨てられなくて。」

ここまでずっと吹っ切れたような様子だったのだけれど、袋の中を覗きながら話す彼女の姿には、身に纏ったベールがひらひらと舞い落ちていきそうな儚ささえ感じる。
受け止めと切り替えの言葉を出そう。口を開いた瞬間
「ビュー」っと勢いよくお部屋の中を春風が駆け抜けた。

モンステラの葉がバサバサと揺れ、避けていた紙ものがフワッと中に舞う様子に視線が奪われる。

同じく窓側を眺めながら彼女が再び話し出す。

「風すごいですね。春一番かな。」
その横顔は、過去への思いを吹き飛ばし、また凛とした表情へと戻っていた。
「私、東京に出ようと思っていて、環境を変えて再スタートするつもりなんです。」
春一番が過ぎ去ったお部屋で、朗らかな日差しが彼女の瞳に映る。
まるで希望の星が宿るかのようにキラキラとこれからの暮らしへの期待を語る姿に、僕もまた春の訪れを感じた。


それから数ヶ月後、引っ越しと新生活がスタートした様子をSNSで知る。
1万人以上いた彼女のフォロワーによるコメント欄に便乗してお祝いし、今後の展開を楽しみにしていた矢先、アカウントを削除する予定の投稿が流れた。
ほぼ同時に、似たようなアカウントからフォロー通知とメッセージが届く。
通知文章で彼女であることは確信しながら、メッセージボックスをタップした。
(2部屋目へ続く)