ごあいさつ  私=「椿の森」と気仙沼とのかかわり | 気仙沼大島椿オイル代理店 椿の森

気仙沼大島椿オイル代理店 椿の森

椿の森(気仙沼大島椿を育てる会事務局)では、
気仙沼大島の椿屋食品が生産する椿オイルを販売し、
復興の支援をしています。

気仙沼大島椿オイルは、
無農薬で育てたヤブツバキの種を絞った
100%天然の椿オイルです。


 
  
浅野さんの名刺を持って避難しました。。。と言われて


私は、長年、雑誌の編集者をしています。ここ10年は、農林漁業の就業情報誌“iju info(イジュウインフォ)”と、行政系雑誌の企画、編集、取材執筆の担当です。


震災直前(その時はもちろん「直前」だなんて知る由もありませんが)に、津波防災の取材のため気仙沼市役所を訪問しました。「防災twitter」について聞いたのです。担当者とはその晩、食事にいき、笑顔で別れました。


震災後しばらくして、不安に駆られながら電話しました。すると…。


「電話、待ってました。“あの時”自分がこれから経験するこが必ず記事になると思って、浅野さんの名刺を持って津波から避難したんですよ。震災後のドタバタでどこかに行ってしまいましたが…」


な…泣けました。 


再び気仙沼を訪問




津波が市内に迫るなか「避難避難」「高台へ」「急いでください」という情報をtwitterで連続発信し続けたその職員の方を再び取材しました。

 
  
再訪によって青く輝く美しい気仙沼港の変わり果てた姿目を当たりにし、震災直後から続けていた手作りの、自然の恵みを生かしたお菓子を送る支援を本格化させようと考えました。自分の手で持っていこうと。



タイミングよく森林関係の著作を多数出している稲本正さんに紹介されたのが「元気をおくるアロマ隊」。共同代表の一人で「手当の輪」代表の斉藤京子さんを訪問しました。


 

すると、彼女とご縁のある伊豆大島の椿オイルメーカー「株式会社椿」と、気仙沼大島の椿オイルメーカーの椿苗を通じた交流の話を始めるではないですか…。311のその日に伊豆から気仙沼に椿苗が届いたというのです・・・。


(この後、伊豆大島から気仙沼大島へ、津波で流された高価な搾油機を贈呈の支援へと話が発展しました・・・。この橋渡しをしたのが「気仙沼大島椿を育てる会」です)

 

話を戻します。京子さんの話を内心、「気仙沼には縁があるな」と思って聞いていると・・・・「その気仙沼大島で作っている椿のオイルがですね、今日、1本だけ私の手元に届いたんです。今日、里香さんが来たということは、里香さんが使うためでしょう。これ、使ってください」と、いきなり手渡されたですね~。

 
  

それが、この後しばらく経って深くかかわっていくこととなった「気仙沼大島椿オイル」との出会いでした。


でもこのこと自体は、二人とも忘れていて、私が椿オイルに深く関わるようになってから京子さんが思い出し、二人して「キャー運命よ必然よキャー」となったのですが…(笑)


京子さんの呼びかけもあって、この後、元気をおくるアロマ隊のアロマセラピストたちにと気仙沼大島椿オイルへの支援の輪が広がっていきました。


さらには、椿オイル製造元の椿屋食品、小野寺栄喜さんを訪ねようということに。




 
  
鎮魂と島の方々への激励のため、元気を送るアロマ隊総勢40名で気仙沼大島を訪問し、フラダンスを捧げたのは、震災1年後の3月のことでした。


もちろん私もメンバーとして参加しました。私はいつも記録係なのでフラの格好をして撮影をしました。みなで、あふれる涙をとめどなく流しながら鎮魂のフラをささげたんです。。。。(私もカメラのファインダーに池ができてしまい、ピントを合わせるのが大変でした・・・。あんなに泣いたのは久しぶりです)



みたび訪問した気仙沼は・・・


気仙沼大島では、津波が島を貫通していったのですね。島で一番高い亀山の上から見ると、その薄茶色の爪跡が、帯状になっていてはっきりとわかりました。1年たっても海底ケーブルが切断されたまま。インターネットはモデムを使っているとのこと。


 
 
  
 
眼前の気仙沼港は、青く輝く美しい風景でしたが、水面は、一面を覆っていたはずの養殖ブイのカラフルな姿がありません。対岸の市街にも、薄茶色になったエリアが広がっていました。これも津波に洗われたエリアでしょう。


みたびの気仙沼訪問で感じたことは「まだまだ、何も変わっていない・・・」ということでした。



 
  
  
もっともっと。持続可能で本当の意味で復興への力になれることって??? 何か力になれないか? そう思ったとき、「そういえば小野寺さん、オイルの販売部分が案外大変そうだったな…」と、ピンと浮かんでしまったのです。


 

もともと担当している雑誌が農林漁業関係の雑誌だったこともあり、農林漁業に高い関心があった(そして自分の暮らしの中にも、農業や林業を取り入れていきたいと思っていた)私にとって、椿農家でもある小野寺さんと関わっていくことは自然な流れでした。


そしてまた、気仙沼大島椿オイルは「食べられる」んですね。お菓子の材料としても使えます。編集者を続けるかどうかは別として、お菓子を通じて森林や自然の恵みを提供したいと思っているパティシエ修行中の私にとって「化粧品にも食品にもなる」という響きは大きな魅力でした。




つながった絆の道


気仙沼、椿オイル、お菓子。キーワードが一直線につながったように思えました。アロマ隊の中で、最初の気仙沼大島椿オイルがアロマセラピストではない私に来るなんて、いまから考えると不思議な巡り合わせでもあります。


その「えにし」を信じてみようと思いました。気仙沼大島椿オイルの販売の支援と、このオイルを使ったお菓子の研究をしていきたいと思っています。


屋号は新たに「椿の森」としました。以前から、お菓子の提供と都会の森のガイドをセットにした「森cafe」を続けてきましたが、そっちの流れも引き継げればと考えています。


どうぞよろしくお願い申し上げます。


椿の森 浅野里香



私が書いているブログです。

◆手当ての輪応援ブログ
http://ameblo.jp/teatenowa/


手当ての輪応援ブログ記事
震災1年。鎮魂のフラダンスを捧げるため気仙沼大島を訪問(1)2012年3月7日8日
http://ameblo.jp/teatenowa/entry-11189152364.html

手当ての輪応援ブログ記事
「ありがとう」をありがとう。震災1年。アロマ隊、気仙沼大島を訪問(2)2012年3月7日8日
http://ameblo.jp/teatenowa/entry-11192099752.html


◆森cafe【都会の森から見つめる森林】
http://ameblo.jp/eunosnowdrop/