テレビ取材を受けてみたい

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僕は3年前に、雑誌「夢21」(わかさ出版)の取材を受けたことがある。それはこのブログで紹介した米のとぎ汁洗顔の実践者として、そのブログの記事をたまたま見てくださったわかさ出版の方から電話取材を受けたことがきっかけで、僕の自撮り写真を添えて記事として、民謡歌手の津軽ひろ子さんともども紹介していただいた。

 

僕の場合は、どちらかといえば出たがり、目立ちたがりであり、盆踊りではチアガールやバニーガールになってみたり、ハロウィンでミスコンテストのたすきをつけてみたり、実際就活の一環で芸能事務所にタレント希望の書類を送ったことがあったが、ほかの企業ともども、書類選考でふるいにかけられ、面接にすら受けさせてくれなかった。それだけ自分は幸がない人物なのかなと思ったりもする。

 

テレビの取材というのは、これはそれほど目立ったものではないが、1994年に尼崎で行われた、当時のJリーグの2部組織にあたったJFLにいたセレッソ大阪が1部のJリーグ昇格を決めた試合(藤枝ブルックス=アビスパ福岡)戦を見学した試合で、ファンの声ということで、カンテレの夕方のニュース「アタック600」に一瞬だけ映ったことがあった。残念ながらその映像は手元に残ってはいないのだが…。

 

それだけ、テレビに出てみたいという気持ちは非常に強い。僕の場合、古くはいじめられっ子だったことや、祖父のいとこ・古波蔵保好がジャーナリストだったこと、障害者手帳を取ることの抵抗と、その障害者枠での就職を目指し、パソコンの検定資格を取得するなどした追い風となる経験をしながら就職に至らないという現実を経験している、本当に試練ばかりを繰り返す自分を世間の人たちにわかってもらいたいと思っている。だから新聞、テレビ、雑誌などのマス媒体での取材はぜひ受けたいと思っている。もちろん報道機関が配慮して匿名とする場合以外は基本的に顔出しも実名も出しても構わない。オファーがあれば芸能事務所に所属してみたい。

 

一素人から全国区になった、ビッグダディー氏(林下氏)とその妻・ビッグマミー(美奈子さん)と同じように、今の厳しい事情を踏まえて現状を力強く訴えながらより目立つ存在で少しでもブレークするきっかけをつかみ、仕事とプライベートもうまく両立させながら成長していければと思う。ぜひ声をかけてほしい。

僕はよくコーンフレークをたびたび買っては朝食にいただくことがある。いわゆるシリアルと呼ばれるものは、トウモロコシを原料としたコーンフレークのほか、大豆入りとかリンゴ・イチゴなどの乾燥フルーツ入りといったグラノーラ、小麦の皮を乾燥させたオールブランといった銘柄もある。よくケロッグやシスコ、森永のチョコフレークなどはよくCMで取り上げられている。

 

だが、よく考えると、チョコフレークは同じシリアル食品の仲間なのに、どういうわけかシリアル食品コーナーではなく、チョコレート菓子コーナーに置かれることがよくある。あのツィッギーや荻野目洋子さんが宣伝をした森永のチョコフレークのCMを見る限りでも、牛乳をかけて食べるというシーンはなく、ふたを開けて直接口にフレークをほおばるシーンだけしか登場しない。

 

 

 

コーンフレークの香ばしさと、チョコレートの甘味のコラボレーションが絶妙ということで、長らくにわたってのロングセラーであるのだが、チョコフレークはチョコレートと同等の扱いということで、シリアルコーナーから仲間外れされ、他のコーンフレークとチョコフレークの売り場が隔離?されているのはどうも僕としても納得ができない。

 

実際、深江橋の業務スーパーでもチョコフレークがシリアルコーナーには登場しておらず、オートミールだったり、オールブランなどはある。同じチョコフレークでもチョコリングはシリアルコーナーにあるのに…。

 

所詮は、チョコフレークも立派な同じコーンフレーク・シリアル食品の仲間であるので、そこに仲間入りさせるぐらいの商品配置を考えてもらいたいものである。

コーヒーを豆乳でいただく

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僕はここ1-2年来、豆乳を頻繁に飲む。カルシウムなどが豊富に取れる牛乳や低脂肪乳といった動物性のものよりも、豆乳は植物性であるため、タンパク質が豊富に取れるので、牛乳ほど甘くはなく、それでいてクリーミーな味わいが楽しめるので、牛乳に変えてコーンフレークに混ぜたり、料理(パンや菓子など)に利用できるのもメリットだ。

 

僕も子供のころからコーヒーファンであるが、たいていはコーヒーは牛乳であったり、スジャータなどのコーヒーフレッシュを入れたりするが、アンチエイジング研究の第一人者である赤須知美さんは、たいていのコーヒーフレッシュは体にはあまりよくない油脂が入っているという。なので、生クリームを使ったフレッシュを勧めている。

 

最近のコーヒーフレッシュは植物由来の油脂や大豆に由来する乳化剤などを使用しており、より自然に近い味わいを提供できるようにはなっているが、身体に優しいコーヒーの飲み方として僕は豆乳で割ることをお勧めする。たいていは、業務スーパーやローソン100などで、最近大体150円前後で1ℓパックになっているものが売られていて、よく購入する。僕自身はこれにセットしてブラックコーヒーをやはりパックになったものや、レギュラーコーヒーを夏は水出しコーヒーポットで入れて飲むなどしているので、よくそれに豆乳割りをする。

 

スジャータの5㎖入りが概ね45パック(225㎖)1袋で、メーカー小売り希望価格が165円だと考えると、豆乳の1ℓパックを買ったほうが得をするし、自分の好みの量で味加減ができるのだから、豆乳カフェオレというやり方もできる。むしろ、豆乳でいただくコーヒーはフレッシュと遜色がないほどクリーミーな味わいが楽しめるので、フレッシュを買うよりもお得だし、結構なぜいたくにもなると思える。

8月8日、アメリカ軍の普天間基地の名護市辺野古への移転を反対し続けてきた、沖縄県の翁長雄志知事がすい臓がんのため死去した。去る7月下旬、仲井眞弘多元知事が一度容認した辺野古移転の埋め立て許可を取り消して、反対派にとっては大きな一歩と思われた矢先だっただけに、今回の急逝は反対派にとっても、賛成派にとっても大きな痛手になり、基地移転問題は振出し・迷走に戻りつつある。

 

僕は2011年8月から10月にかけて、御幣島(みてじま)のあおぞら財団さんにお世話になっていた。アメリカ軍の基地公害訴訟のデータ・アンケートの取りまとめの作業に携わっていた。そこに書かれたアンケートに書かれた市民の切実な声は、米軍基地による騒音で夜も眠れない、心ばかりか精神的にも肉体的にもつらい思いばかりさせられるといった、怒りの声の数々だった。

 

僕は生まれこそ大阪生まれだが、祖父が沖縄生まれのウチナンチュ3世であるが、ウチナンチュとして沖縄の…というよりも、日本中にある米軍基地は今の時代に必要なのかと強く憤る。戦後すぐは、アメリカの占領下にあり、日本の軍国主義から民主化への復興の途上に米軍は必要だったが、民主化して70年以上たった現在の日本で、米軍基地はただ、いつ起こるかもしれない戦争のために配備しているだけで、あまり今の時代に必要なものとは言えないのではないかと思ったりする。

 

現に、オセアニアの観光地であるグァムやサイパンも、現在はアメリカの領土にある。それだけでなく、オセアニアにはアメリカの領土・植民地に、アメリカサモア(東サモアとも)、ウェーク島、ミッドウェーなどがある。むしろ米軍はそっちにシフトしたほうがいいと思う。沖縄は1972年5月にアメリカの植民地から日本に復帰して、46年が経過しているが、いまだアメリカ植民地支配の時代が色濃く残るのも非常に残念に思う。

 

今年は国政での大きな政治決戦という点では、9月に自民党の総裁選が予定され、安倍政権の続投か、それとも石破氏かという一騎打ちムードが漂い、これが来年(2019年)4月の統一地方選、さらには7月の参院選、さらにしいて言えばその結果次第では衆院選が1-2年中に行われるかもしれない。そして、沖縄県では今回の翁長氏の死去に伴い、翁長氏の任期満了で11月に予定された県知事選が早ければ9月中に行われる可能性が高い。

 

自民総裁選と沖縄県知事選はほぼ日程的にかぶるので、この2つの選挙は2019年の2大政治決戦へ向けた前哨戦という位置づけにもなる。それだけに、それぞれの次期総裁・知事には、沖縄、あるいは日本の米軍基地にしっかりとNOという声を張り上げて、本当の意味での平和とは何かを考えるきっかけを作ってもらいたいと願う。

甲子園のアルプスに銀傘を

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今年で100回の記念大会となる夏の甲子園が、今日8月5日から17日間(休養日1日含む)の予定で開幕した。今年は日本列島猛烈酷暑の中で、開会式や試合の中でも給水タイムを設けるなどして、選手の安全対策を万全にして行うことになったのだが、選手以上に一番盛り上がるのはアルプススタンドといわれる1・3塁側の応援席である。

 

甲子園球場にアルプススタンドが設置されたのは1929年。それまでは木造スタンドだったものを、鉄筋コンクリートのものに改造した際、白いカッターシャツを着た市民が大挙応援に訪れたことから、アルプスのように見えるということで、登山家の藤木久三や漫画家の岡本一平がこう付けたともいわれる。一方、外野席もその後増築され1936年に現在の形となった際、ヒマラヤスタンドといわれたが、こちらはあまり浸透していない。

 

さて、こちらの夏の甲子園の資料映像を見てほしい。これは1933年、準決勝で今大会最長の25回にわたる延長戦の末、中京商業中学(当時)が明石中学に1-0で勝利したという歴史的な一戦である。

 

 

この映像をよく見ると、アルプススタンドの付近にも銀傘が設置されている。甲子園球場の象徴の一つ、銀傘は開場した当時は鉄傘(てっさん)といわれていた。この鉄傘、ちょうどバックネット裏からアルプススタンド付近を、バックネット裏から見てVの字のように見える設計になっていた。外野席から見ても富士山のような感じにも見える。

 

この甲子園の鉄傘は観客の日焼けや熱中症(日射病)の対策として設けられたものだったが、太平洋戦争の激化に伴う軍需産業のあおりで1943年に撤去されてしまった。お国のために鉄不足をリサイクルせざるを得ないということで、このような形になってしまったが、1951年にネット裏付近に銀傘が復活。これが半世紀以上続いたが、甲子園の90年プロジェクトの一環として、2008年にかけ替えられた。その間も、鉄鋼製品はより軽量化される傾向が強まっていき、ジュラルミンからアルミ合金へとリニューアルされている。

 

ところが、この現在の銀傘もアルプススタンドまでは覆っていない。上記初代ほどではないが、ほぼアルプススタンドに近いところまで設置はされているものの、アルプス全体は覆っていない。これで、各校応援団は灼熱の暑さの下で応援することになるので、学ランを着た青年がバケツに入った水をぶっかけるというシーンもよく見かける。中には青天井の下で応援するのが一番といわれるかもしれないが、応援団も選手の一員とはいえ、やはり健康を考えるとアルプススタンドにも銀傘を延長したほうがいいと思える。

 

屋外なのでクーラーをつけるということは難しいのだが、最近は水蒸気をスプレー状にした、いわゆる「ミスト」と呼ばれるもので暑さをしのぐという場面をよく見かける。これを、アルプススタンドの上段部分に取り付けて、暑さをしのぎながら応援するのもいいと思う。銀傘をつけることで実気温とスタンドの気温の差は若干下がるという実証結果もあるといわれる。それだけに、日焼けに悩んだり、熱中症にかかりやすい人にとっても銀傘をアルプススタンドまで取り付けたほうが、より人にやさしい球場になると思える。

 

甲子園は2024年に開場100周年という大きな節目を迎える。2008-10年にかけての外壁やスタンドの全面改修・耐震補強工事は2014年の90周年の時へ向けたもので、おなじみの蔦もいったん除去されたが、再びその蔦も復活しつつある。次の100周年へ向けては、東洋一のボールパークを意識するために、この銀傘の延長はもちろん、現在土になっている内野のフィールドを塁間を中心に土を残したうえで、その周囲に天然芝を敷き、アメリカの大リーグのような全面天然芝、それも近年人工芝素材(繊維)をブレンドして天然芝の摩耗を防ぐという「ハイブリッド芝」を全面的に採用したり、電光スコアボードも、現在は2面マルチ形式(2011年改修)になっているが、これを次の改修の時は中央部分の審判団・ボールカウンターの部分も含め、全面的に一体化し、話題の4K・8K対応ビジョンにするなど、より迫力のあるもので、日本版ネオクラシカル球場としての一面を整えて、200年・300年と続く阪神間文化の中心軸をなす球場にしていただきたいと思う。