こんにちはトルベール音楽院の古賀(和)です
緊急事態宣言が出されてややすこし感染者の数が減ったような気がしますが、まだまだ気が抜けないこの頃です
教室の子どもたちはみんな元気でレッスンに通って来てくださっています
受験シーズンなので、お休みしているお子さんもいらっしゃいますが、少しずつ行き先が決まって戻って来られている方もおられます。
この時期は悲喜こもごもです…
受験が全てではありませんし、大人になってからの人生の方が長いので、焦らずゆっくり自分の進む道を見つけていって欲しいと思います
受験に失敗しても、まだまだ先にいいことがあると思って欲しいです。
学校では思ったように音楽の授業が出来ていないようですが、そんな中、私の尊敬する故平吉毅州(ひらよしたけくに)先生のお名前を耳にし、嬉しくなりました
ある中学校に通っておられる女子が学校で歌う曲ということで、曲想が誰かに似てるなあ~と思っていたら、それが平吉先生の作曲であることがわかりました。
平吉先生の作品は小学校の時に必ずと言っていいほど歌う「気球に乗ってどこまでも」に始まり、中学校で歌われる合唱曲の中でたくさんあります。(「ひとつの朝」や「海の不思議」など)
先生は神戸市ご出身、神戸の高校をご卒業後、東京藝術大学の作曲科さらに大学院をご卒業になり、毎日新聞社主催日本音楽コンクール作曲部門で1位になられ、のちに桐朋学園大学音楽学部(付属高校、大学)で長い間教鞭を執られ、晩年は新しくできたころから沖縄県立芸術大学学部長として後進のご指導に熱心にご活躍されました。
そして、私たちピアノ指導者にとっては子供たちのピアノ曲をたくさん作曲してくださったことに感謝です。
東京世田谷のご自宅でくつろがれる先生。
(先生の奥様が先生の足跡が書かれたご本を送ってくださいました)
先生とのお付き合いも随分古く、私がヤマハ音楽教室の講師時代に編曲の勉強を教えてくださいました。
その後、うちの教室が「桐朋学園子供のための音楽教室大阪分室」(現在は大阪にある三木楽器開成館に移りました)を受け持つことになり、その室長として先生が来られてから沖縄に行かれるまでの間ずっとお付き合いが続きました。
海(ご自分のヨットを持っていらっしゃいました)とウィンタースポーツ(スキー)が大好きで、来阪される時は夫と私も呼び出され、よくカラオケに誘われました
先生のとても素敵なバリトンの歌声で印象に残っているのは、なんと演歌の「つぐない」それと「アドロ」という曲
お酒が入ると本当に楽しそうに歌っていらっしゃいました
私も夫も下戸ですので、「付き合い悪いなあ~」といつも言われましたが、カラオケの苦手な私が歌うと「そこはこういうふうに気持ちを込めて」とか色々アドバイスをしてくださいました。
とても楽しい先生のお姿が今でも脳裏に焼き付いています
「今度こんな楽譜を出したんだよ」と新しく執筆された楽譜をプレゼントしてくださったり、我が家にも泊まりに来てくださったり…
先生との思い出はたくさんあります
本当に気さくな先生でした。
1998年61歳の若さで胃がんで天に召された時はどれだけの人々が悲しんだでしょうか…
私も夫もその仲間でした。
告別式にはたくさんの教え子や私たちのような後輩がいっぱい集まり、先生の死を悼みました。
そして、浜離宮朝日ホールで開催されたお別れのコンサートでは最後にみんなで「気球に乗ってどこまでも」を大合唱しました
こんな大変な時代を先生はどんなふうに感じて、どんな風におっしゃるのか聞いてみたかったです。
奥様からいただいた先生の一番素敵な写真を我が家のレッスン室に飾っていつも応援してもらっています。
今も先生の作曲された「南の風」と「虹のリズム」の教材は生徒たちの人気です。
そして、あまり演奏されませんが先生のお気に入りの連弾曲「カーニバルがやってきた」は私のお気に入りでもあります。
裏表紙にサインを入れてくださいました。
何回か子供たちにも定期演会で演奏してもらっています
とても楽しい曲ばかりです。
作曲家の方々は亡くなられた後もこうして形で残ります
羨ましいと思います。
私も数曲ですが自作曲がありますが、こんな風にたくさん残された方々は本当に凄いなあーと思います。
今は手書きよりもコンピューターでどんどん曲作りが行われます。
ギター1本で作曲する若者たちも昔からたくさんいます。
クラシックをコツコツ勉強し続けても中々芽の出ない作曲家の方々にとって、今という時代、いったいどうやったら万人と共有できる作品ができるのか…という疑問さえ感じられるのではと思います。
良い作品はやはりいつまでも人々の心に残ります。
もちろん「良い作品」とは人それぞれです。
でも誰が聞いても文句のつけ様子がない優れた作品というのはいつの世もあると思います。
平吉先生の作品もそうした心に残るものがたくさんあり、そうした素晴らしい作曲家と出会えたことに心から感謝しています
先生に負けないように私もまだまだ精進しないと…と思います