トリッピーのルーツ〜大門まきの“経験”が詰まっています#1 | トリッピー表現力教室~自分で生きていく力~

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今回は、トリッピーの背景に流れているもの “大門まき”がトリッピーを

立ち上げるに至った経験についてお伝えします。
前回同様、大門まきが、トリッピーに込めている思いの背景をざっくばらんに文章にしました。
 

    頑張ることで夢を叶える

— “こどもステージに”出たい! 〜夢を何が何でも叶えたい

20代の頃、私(大門まき)が、演劇の専門学校に通っていた頃の話です。
女優になるために、演劇集団円に入ることを目指していました。

そこで、演劇集団円の“こどもステージ”に出会った

…“おとなとこどもとが一緒に楽しめる舞台”に “出会ってしまったのです(笑)”

なんとしても、この“こどもステージ”に出演したい!

これを原動力に、「演劇集団円に入るんだ!」から、私の“物語”が始まりました。


演劇集団円の劇団員になるためには、

まず、演劇集団円演劇研究所に入らなくてはなりません。

研究所に入所するためには、試験があります。

倍率は、私の時は200分の60だったと聞いた覚えがあります。
研究所の1年目は60名からスタートします。

入ってみると、まるで軍隊みたいな(軍隊に入った経験はありませんがww)厳しさ。

 

毎日、曜日代わりで、授業があります。

演技はもちろんのこと、音楽、日舞、ダンス、、、。
(指導をしてもらえる)授業は2時間だけで、

それ以外は朝から晩まで「自主練習」。

 

一緒に入団を目指すライバルも同じ条件ですから、

朝から晩まで、仲間たちと作品の練習をしたり、

個人練習をしたり。

課題が毎週出され、週一回の演技レッスンのために、

命がけで頑張る日々でした。

 

何が何でも“こどもステージ”に出たい私は、

 “絶対勝つ!”・・・勝ち抜く、勝ち上がる

−“円”に受かりたい、入りたいの一心で、

毎日頑張っていました。
 

そんなお互いに必死な状況で

ライバルでもある、仲間たちとの想いがぶつかり合う

競い合いの中で、信頼関係や協力していく大切さを学びました。

私も未熟者でしたから、苦い思いをした経験もたくさんありました。

もちろん、うれしい涙、くやしい涙もたくさん流しました。


そして、2年目には、60人の中から26人が進級し、

最終的にはその中から私を含めた4人が劇団に入ることになりました。

—がむしゃらに“頑張る”ことで、いろいろな経験を積む

劇団に入っても、お芝居に出られるのは

130名のほどの人の中から数十名。狭き門です。
私の場合は、タイミングも良かったのかもしれません。

舞台では主役も数本やらせていただいたり、

脇役もやらせていただきました。

また、旅公演で全国を廻り、テレビのお仕事、

声の仕事もやらせていただきました。

 ・・・中には泣きながらやったものもありましたが(苦笑)。

それでも、沢山の方にかわいがっていただき、

かけがえのない、自分にしかできない素晴らしい経験をしました。

いわゆる芸能活動という、リアルな現場にも行きました。

いろいろな才能をもった芸能人の方とも

一緒にお仕事をすることもありました。

 

出会う人、出会う人、自分にはない

才能や素質を持った方々ばかりです。

 

・・・刺激的であったと同時に、その才能や素質に、

   しらずしらずに圧倒されていたのかもしれません。

 

あるとき、自分の中に自分のやっていること、

自分自身への疑念のようなものが起こり始めました。

    “私には向いていない?”疑念と迷い

—“現場”以外の努力も求められる世界

それからしばらくしたとき

 

 “あれ、私で良いのかな?”

 

という疑念に気付き始める事になった

こんな出来事がありました。
 

ある有名監督の映画の作品に、声で出演したときのことです。
 

私は、録音ブース(防音されたの部屋)で準備をしていました。

当日は、声の録音だけの日でしたから、

他の役者さんの出番はありません。ないはずでした。

 

ところが、ブースから外を見ると

録音の寸前まで、監督の横で若い俳優さんが

監督に熱く話しかけていたのです。

自分の思いなり、演技なりについて話しているようでした。

それこそ、「録りま〜す」と合図が来る寸前まで、

自分の伝えたいことをアピールしていたように見えたのです。

 

それが、その役者さん自身の熱意なのか、

事務所からのアドバイスなのかは分かりませんでしたが、

ただ、その想いを素直に監督に熱心に伝える姿、

熱意に圧倒されてしまったのです。

 

 「この位、自分のことを自分で伝えていく覚悟がないと、

  この世界では通用しないのかも!?

  マネージャーがいなくても自分で、売り込める

  気持ちがないと、活躍の場はないのかも

  ・・・私はもしかすると、女優に向いていなのかも」

 

という思いがよぎりました。
もちろん今ならば、あの頃の自分に

 

 「人それぞれのやり方があるんだから、

  貴方のやり方でいいのよ」

 

というところでしょうが、兎にも角にも、

このころ

 

 “私が芸能活動を続けて良いのかなぁ”

という疑念を覚え始めたことは間違いありません。

—“良い役者”に出番あるのではなく、(使う側に)“知られている役者”に出番がある

役者さんであれ、商品であれ“売れる”ものというのは、

どんなに良いものであっても、“知られている”必要があります。

“知られていなければ”売れません。

 

単に“知る人ぞ知る”では、ただでさえ競争が激しい業界

使ってもらうチャンスもやってきません。
アピールすることは、情熱や想いを伝えることであっても、

ある人から見れば、「媚びを売っている」と

非難されることもあるかもしれません。

 

しかし、それを怖れて自分の存在をアピールせずに、

自分が知られていないとすれば、

どんなに良い役者であっても、

出演依頼のしようもありません。

知られていないのですから。
 

・・・自分を売り込む、アピールすることが必要で、

   自分をアピールして「何が何でもやるんだ」という気持ち

   (覚悟)がないと、芸能の世界では売れないんだなぁ、

   そこまで出来るかなぁと思ってしまったのです。
 

どんなに現場で“良い仕事”をしたとしても、

(使ってくれるプロデューサーや監督の)印象に残っていなければ

次は使ってもらえない。当たり前といえば当たり前です。

 

「みんな、どの俳優も、演技ができて当たり前。

 もちろんキャラクターと役にあっているか? もありますが、

 映っていないときに、どれだけ関係性を作るか

 も、大事な要因の一つである世界なのだな。

 そこまで、自分を信じて、自分を強く売り込める覚悟はないや」

と、自問自答して、悟ったのです。
 

・・・今から考えると、自分をアピールすること以上に、

  私が大切にしたいことがあるのかもしれないことに

  (トリッピーで実現することになる価値に)

  気づき始めた、最初の1行目だったのかもしれません。

 

・・・少し長くなってきました

   この続きは、次回のブログで

   お楽しみに。

 

(話 大門まき、構成 ひじままさき)

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