多和田さんの本は前にも読んだことがある。『溶ける街 透ける街』『犬婿入り』など。どちらもかなり不思議な印象であった。『犬婿入り』が不気味だったので、もうこの人の本は読むまいと決めていたのであるが、この『地球にちりばめられて』が全米図書賞の最終候補に残ったというニュースになっていたので読んでみることにした。発表は11月16日だそうである。

 これも奇妙な話であった。読み進むうちに、おそらく日本という国が地球から消えてしまったという設定の近未来SFであることがわかる。そういうこともあるかもしれない。各章の語り手が異なるが、鮨、ダシ、旨味といった日本文化が重要なモチーフである。同じ事象をいろいろな人物が語るという手法は面白い。各人物のキャラが立っている。とりとめのない話だが、それなりに面白かった。メモる。ネタバレ。

 

 第一章 クヌートは語る: コペンハーゲンの自宅にてテレビを見ている。自分が生まれ育った国がすでに存在しない人たちばかりを集めて話を聞く番組をやっている。ヨーロッパに留学したが自分の国が消えて帰国できなくなった女の子が登場し、スカンジナビアで通用する手作り言語"パンスカ"(汎スカンディナヴィア)を話す。言語学を専攻するクヌートは彼女に会いたくなり、テレビ局に電話する。Hirukoである。会う。彼女は自分の母語を話す人に会える可能性があるので、トリアー[トリーア?]であるウマミ・フェスティバルに行くという。二人は鮨レストランに行く。彼女は北越の出身とのこと。彼女といっしょにトリアーに行くことにする。

 

 第二章 Hirukoは語る: クヌートから電話を受けた女性。三週間前からメルヘン・センターで移民の子供たちに紙芝居を読み聞かせており、そのための絵も描いている。鶴の恩返しなど、母国の民話をアレンジして紙芝居をつくっているのだ。彼女の生まれ育った国[おそらく日本]では性ホルモンがほとんど消滅していた。

 クヌートと会った彼女は、自分たちの文化にはもう性は存在しない、性ホルモンがほとんど消滅したからだと説明する。彼は自分のおやじの昔の恋人、つまり母親がエスキモーの母だと信じていると話す[グリーンランドはデンマークから独立したが、援助すべきだと考えている]。

 

 第三章 アカッシュは語る: ルクセンブルク空港のバス停で、この青年は北欧風のクヌートと極東アジア風のHirukoを見かけるが、インドからの学生グループを出迎える仕事のために声をかけられなかった。彼は赤色系統のサリーを着ているトランスジェンダーであるが、マラーティー語を話していたために、言語学者のクヌートに声をかけられ、親しくなる。彼らは、ポルタ・ニグラの近くにあるカール・マルクスの生家で催されるウマミ・フェスティバルに来た、講師の名はTenzoだという。彼は、自分の郷里に、ポルタ・ニグラに似たシャニワール・ワダーというモニュメント[宮殿]があると話す。Hirukoは、英語が話せるならばアメリカに移住するように言われたことがあるので、英語を話すときはスパイに聞こえないよう小声になるのだという。お腹がすき、三人はインド・レストラン「オショウ」へ行き、瞑想リゾートのピザを食べる。そこにあったポスターからTenzoは典座のことだと判る。クヌートはトリアーでローマ遺跡が見たかったと話す。三人はカイザー・テルメン(皇帝浴場)の遺跡を訪れ、そこで体格のよい女性に会う。

 

 第四章 ノラは語る: 彼女はウマミ・フェスティバル中止の貼り紙を扉に貼っていた。ノルウェーからの国際便がテロ事件のために欠航となり、講師が来られなくなったからである。それから一ヶ月前、彼女がカイザー・テルメンで足を挫いた異国的な青年テンゾに出会った時の話にさかのぼる。彼女は彼を自宅に連れてきて介抱する。彼はフーズムの鮨屋で板前として働いていたと言う。鮨の出前をとる。彼は仕事のないまま彼女の家に居続け、彼女は彼のためにウマミ・フェスティバルを企画するが、彼はノルウェーでのコックのコンクールに出るのだと出国する。フェスティバルの予定日に彼が戻って来れなくなり、彼女は二人が出会った思い出の遺跡に来たところ、三人の若者と出会った。彼らは、中止になったフェスティバルのためにこの町へやって来たのだという。テンゾはたぶんパスポートを持っていないので戻れないのだろう、自分たちの国は消えてしまったのだから、とHirukoは言う。Hirukoは、テンゾに会うべく、オスローに行くことにする。クヌートも。アカシュ以外の三人は別々に、コンクールの会場(シ)ニセ・フジというレストランを目指すことになる。

 

 第五章 テンゾ/ナヌークは語る: 自分は鮨の国の人間ではなかったが、ノラはそう思い込んでいた。実は、グリーンランドの漁村の生い立ちである。奨学金をもらってコペンハーゲンの大学へ行くよう父親に言われ、慈善団体の留学金を申請し、留学することになった。学費と生活費を出してくれることになったニールセン夫人を訪ねる。夫人には、言語学を専攻する息子がいるようだ。語学学校で知り合ったアメリカ人のジョージと友達になる。彼はエスキモー文化の崇拝者であった。ナヌークは、暮らしていくうちに、民族という袋小路に追い詰められていく。友達は欲しかったし、女の子にもてるのは愉快だが、交際するのは恐ろしかった。ともあれ、友人によって自分の頭の中で世界地図が変容してきた。サムライというレストランで食事し、足を運んで、そこでバイトするようになり、中国人の料理人から和食について学ぶ。彼は「オリジナルが消滅した後は最上のコピーを捜す以外に方法はない」と言ったが、恐ろしくてその意味を問い返すことができなかった[日本消滅のことだろう]。

 大学の新学期が始まるまでの間、旅をして見聞を広めたいと思ったところ、ニールセン夫人は旅費も出してくれることになる。ドイツ北部の町を転々として、鮨屋で働いた。フーズムの鮨屋で、店の主人の祖父である創業者の友達で、フクイから来たSusanooという学生の話を聞く。彼の生い立ちについて: 実家は介護ロボットをつくる町工場であった。造船学を学ぶべくキール大学に留学し、彼の祖父とレストランを開いたが、ある日突然、アルルの女に魅せられて南仏へ行ってしまった。

 彼はSusanooに会うためにアルルへ行くことにする。その前に、フーズムの鮨屋に来た男からトリアーの話を聞かされ、その町の遺跡を訪れたくなり、ヒッチハイクをするが、うとうとした間に荷物を奪われ、車に取り残される。そこから歩き続けてトリアーに辿り着き、浴場遺跡に入り、階段から落ちて捻挫し、失神した。ノラという女性に介抱され、彼女の家に滞在するうちに、ウマミ・フェスティバルの講師をすることとなるが、そこに鮨の国の人が来たらと考えたら恐くなり、彼女と距離を置きたくなったので、オスローへ逃げ出す。

 

 第六章 Hirukoは語る(2): オスロー空港でパスポートの期限切れを指摘され、国が消滅したために更新不可能と説明する。シニセ・フジを訪ねるも、テンゾはいない。宿を探し、レストランに戻るとノラが来る。テンゾも現われ、二人を同じ国から来た人だと紹介する。ノラが席を外すと、テンゾは彼女の同郷人ではなく、実はグリーンランドから来たナヌークという名を持つと明かす。そこにアカッシュが来る。クヌートの代わりに来たのだという。同郷人と話したかったというHirukoに、アルルにSusanooという人がいるとナヌークが告げる。立ち戻ったノラにテンゾは自分についての真実を話す。翌日、コンクールは中止となる。鯨の死体が海岸に上がり、主催者が警察に呼び出されたからである。鯨の死因は、海底油田を探る船から発せられるレーザー光線であり、それは禁止されているが、警察は石油会社の不正を黙認しているのだ。結局、コンクールの関係者は無罪となる。

 

 第七章 クヌートは語る(2): クヌートは母から電話をもらい、夕食に誘われると、オスローに行くからと断わる。彼女の体調がわるいのは、援助している留学生が行方不明だからとのこと。オスローには恋人と行くと言うと、自分も行くので紹介してと言われる。母親に会いたくないので、オスロー行きはアカッシュに代わってもらうことにする。テレビでやっていたモネについての美術番組を見る。ノルウェーに来たモネが山を描く。女性がコルサース山ね、と言うと、モネは富士だと言う。

 母親から、オスローのホテルに入ったと電話がある。アカッシュから、テンゾが実はエスキモーだったというメッセージが届く。またしても母親より電話があり、オスローには行けなくなったと話す。アカッシュから、コンペ中止のメッセージが届く。アルルにHirukoの同郷人が住んでいるから、こんどはみんなでアルルに行こうとも言っている。Hirukoに電話をかけ、古代ローマの遺跡と富士山の話をする。
 

 第八章 Susanooは語る: 彼は歳をとらなくなっていた。アルルまで追いかけていった女に見捨てられ、その男から暴力を受けて怪我をし、言葉を失ってから歳をとらなくなったのである。子供時代のこと。ロボット技師の父のこと、家を出て行った母親のこと、スサノオというあだ名について、キールへの留学、同じゼミでヴォルフと知り合い、彼に誘われてフームズで鮨屋をやることになったこと、闘牛場でアルルに住む踊り子と知り会い、夢中でヒッチハイクを乗り継いでアルルに行ったこと、彼女の男に暴力を振るわれ、入院し、退院してから鮨を握るようになったことなど。大好きな円形闘技場で母に似た若い女性を見かけた。その日の夕方、ノラという女性が訪ねてきて、ドイツ語で、ヴォルフの孫の知り合いたちが訪ねてくると告げた。その人たちがやってくる。

 

 第九章 Hirukoは語る(3): Susanooの店を訪ねる。母語で話しかけるが、答えがない。彼はまぎれもなく同郷人だが、言葉をしゃべらない。Hirukoだけが色々話す。Susanooは機織り機という言葉にびくっと反応し、怯えるように見えた。ナヌークも来てしゃべる。彼が「ふるさと、PRセンター、ロボット、発電、造船」という単語を並べるとSusanooの反応が著しかった。そこにクヌートが現われ、失語症は治療できると話す。その時、北欧風の中年女性が入ってきて、クヌートを見て微笑み、ナヌークを見て強い衝撃を受けて青ざめる。

 

 第十章 クヌートは語る(3): アルルに行くことを母に話してしまったような気がする。だから彼女が現われたのだ。その経緯。母は、ナヌークをいろいろと問い詰める。彼は、母が支援している外国人留学生だったようである。改めてHirukoにあなたは誰かと尋ね、クヌートが自分の恋人だと言うと、Hirukoは「わたしたちは並んで歩く人たち」と言い直す。Susanooの失語症を治療するという話から話題の焦点は大きくはずれている。ナヌークはクヌートの母に、行方不明になった経緯を説明し、鮨屋で働いたことなどを話す。今度はノラが店に入ってきた。ナヌークの説明を聞くと、ノラは彼を、いろいろな人から逃げているのね、と責める。そして、自分はナヌークの恋人だと言う。クヌートはHirukoの首に手を回し、耳に接吻しようとしてまぶたに唇が押し付けられた時、アカッシュが現われ、「あんたは何なの?」というクヌートの母の問いに「クヌートの恋人です」と答える。そういう状況でもHirukoは平気で自由でいられるようだ。アカッシュはクヌートに向かい「君はセックスを必要としない未来の人間だ」と言う。その時、Susanooが立ち上がり、出ない声で話し始めた。その唇を読んだアカッシュが、彼が失語症の研究所に行きたいと言っていると宣言する。母はいつのまにか消え、みんなでそこに行くことになる。