年末年始にBSで「吉田類の年またぎ酒場放浪記」というのをやっていた。長野〜群馬〜栃木を巡る日本ロマンチック街道というのが、若山牧水の辿った道と同じだという。飲んべえどうし、類さんも、牧水ふうに黒マントで旅をする。冒頭には、千本松原を類さんが歩く。アルコール漬けの旅という点はいっしょである。

 

 

 オットが、ならば若山牧水の『みなかみ紀行』を読もうと言う。続いて私も読んでみた。メモる。

 

 1. 枯野の旅: 草津などの湯に浸りつつ、磁石を持ち、草鞋で旅して、お酒ばかり飲んでいる。そういう散文詩。

 

 2. 津軽野: 青森駅から積雪の原を行く。大釈迦駅で降りると、歌人仲間の加藤東籬が出迎えに用意した馬にまたがり、五所川原へ。写真でしか見たことのない歌人仲間、加藤東籬、和田山蘭らと酒宴。そして翌日、彼らの生地、松島村へ。昼から酒宴、和田家でも酔いつぶれて就寝。

 

 3. 山上湖へ: 初夏、突如として旅に出る。風雨の荒れる前橋で下車、目的の一明館へ。突然の訪問に友Y君は驚くが遅くまで語らう。翌日は快晴。目の前に利根川、遠くに榛名、浅間、妙義を愛でる。蓼科も見える。庭に咲く花々の名は、美女桜小田巻柘榴・・・。頭痛のため赤城を登るのはあきらめる。翌日も山はあきらめ、萩原朔太郎を訪ねる。創作社の社友W君とも会う。三日目、熱をおして榛名を目指し、伊香保へ向かう。車窓に藤の花、桐の花を見る。初夏の鳥の啼き声に心惹かれ、感動を覚えた。頬白鳥(ほおじろ)、郭公杜鵑(ほととぎす)、筒鳥雲雀など。平原の彼方に榛名富士を見、夥しい雲雀と郭公の声を聞く。湖に着き、湖畔亭らしきものを見つける。

 

 4. 水郷巡り: 香取、鹿島から霞ヶ浦へ。車窓に榛の木(ハンノキ)や田畑。手賀沼、印旛沼、成田不動、長沼、そして佐原着。夜、旅館の欄干にもたれてヨシキリの声を聞く。翌日、香取神社へ。鷺の声を聞く。佐原を見物、諏訪神社で伊能忠敬の銅像を見る。煙る微雨の中、汽船に乗り、弁当と酒を開き、鹿島明神へ。さらに潮来へ。愉快な船頭の舟は真菰の中を進む。引手茶屋で飲酒、燕とヨシキリが飛ぶ。勇壮なあやめ踊りを見る。

 

 5. 吾妻の渓より六里が原へ: 乗合馬車が早朝に中之条町を発ち、群馬の吾妻へ。秋晴れ。乗客は草津温泉の話をしている。癩病や梅毒にも効くとのこと。妙義山に似た岩櫃山が見える。牧水は、長野原町泊まりと決めている。吾妻川の渓流、関東耶馬溪(大分のが本場)に感激!! 断崖の中腹に穿たれた道陸神峠(どうろくじんとうげ)を行きながら酔った者のようになり、同じ道をあと戻りしたいとさえ思う。断崖絶壁の上に建つ養寿館に投宿。岨道(そばみち)歩きを堪能し、歌を詠んで手帖に書きつける。吊り橋の上で飲酒!? 向こうから来た人にも盃を勧める。宿の温泉で芸者二人と会い、部屋に招く。翌朝は早起きして朝風呂、朝酒を飲み、急ぎ足で小諸へと向かう。茶の代わりにも一本。ひどいアル中だ。草津から吾妻への定期馬車を逃し、また歩く。泥道、林の中を服を脱ぎ、浅間の煙を眺める。応桑(おおくわ)でも一本。

 

 6. みなかみ紀行: 十月十四日、信州の短歌会出席のために沼津を発つ。御代田駅下車。佐久ホテルに投宿。創作社の歌仲間もいっしょ。床屋で散髪。集まったのは三十名ほど。会のあとは懇親会、明け方まで部屋飲み。翌朝は小諸へ。懐古園に入り、お茶代わりの酒。その後、沓掛駅下車、星野温泉へ。朝飯から飲み、昼になる。草津鉄道で、軽井沢から 嬬恋(夜の九時着、駅前の宿屋は風呂も沸かしていない)、そして翌日、一人の若い友人と自動車で草津へ。一井旅館に泊まる。時間湯の苦行と湯揉みの説明。紅葉の中を山歩き、沢渡温泉に行くのを、好奇心から花敷温泉に変更。木枯らしの夜。翌朝、早朝に発つ。斑に雪がある。沢渡温泉へ。正栄館に投宿。湯は無色無臭。次は四万温泉へと決める。そこの田村旅館で不快な思いをする。犬の見送りだけが救い。中之条で友と別れ、電車に乗る。沼田泊。青年や社友の訪問あり。翌日は法師温泉を目指す。かつて訪れた湯檜曽(ゆびそ)温泉のことを語る。今度は、月夜野橋から赤谷川の源流に行ってみたいと。歌の同志が二人住む猿ヶ京温泉のことも語る(あとで訪ねる)。月夜野橋のたもとでは江戸時代に悪政を直訴した茂左衛門が磔刑になったことも。彼の死を悼む領民は地蔵堂を建てて供養したという。なおも凄いほどの線香煙が捧げられているを見て感動。高橋お伝の家、塩原多助の家も近くにある。星が出てから目的地、法師温泉に到着、湯を絶賛。牧水が来たと知った読者も訪ねてくる。酒宴。翌日、盲目の旅芸人、越後の瞽女(ごぜ)たちに会う。笹の湯温泉で昼食。そして湯の宿温泉へ。猿ヶ京で会えなかった友が訪ねてきた。翌日、沼田に戻る。青池屋にて深更まで歌会。翌日、老神温泉に向かう。片品川峡谷の眺めを絶賛。夜に老神に着。川原の中洲に湧く温泉に浸かる。翌日、油紙をからだに巻き付け、吹割の滝へ。その夜は、望月の光を浴びて白根温泉の原始的な湯に浸かる。宿に酒がない!! 買いにやらせる。翌日は案内人を雇う。案内人は樹木に詳しい(私は黒檜の名を初めて知った)。山あいの大尻沼に鴨の浮かぶを見、石楠花に驚く。続いて大きな丸沼、ここに泊まるべく紹介状を渡す。誘われて釣りをする。五人でわずか一升の酒を飲む。この山で初めて唐檜を見る。これらの老木が安く売り捌かれたことを惜しむ。蒼い菅沼とそれらの沼の水源を見出だし、水を貪り飲む。金精峠で男体山を望む。群馬と栃木の県境。湯元へ。

 

 7. 空想と願望: 日本国中の港という港に泊まって歩きたい。[私も]/ 樹木に関心があるようだ。

 

 8. 信濃の晩秋: 軽井沢発新潟行きの列車が浅間の裾野を走る。蓼科山を見ながら小諸に着く。二十四五歳の時、そこの岩崎医師に病毒をぬいてもらうべく四ヶ月滞在したという記憶を懐かしむ。その医師に偶然再会。列車は千曲川に沿って走る。松本で下車し、浅間温泉へ乗合自動車に乗る予定を、突然、北安曇野の大町行きに変更する。友人に会おうと思ったのだ。深更まで飲み会。

 

 9. 白骨温泉: 信州の山奥、乗鞍岳の北の麓の鄙びた豪雪地帯の温泉。胃腸に効くことは日本一。養蚕をする人々が数百〜千人とやってきて一〜二週間ほど湯治するとのこと。彼らは木曽節、伊奈節を歌いながら共同湯の湯槽から湯槽を渡り歩く。牧水は湯本館に廿日あまり投宿。そこから上高地、飛騨の平湯も巡る。

 

 10. 木枯紀行: やはり秋、御殿場から馬車に乗り、須走で下車。蕎麦屋で飲む。籠坂峠の登りで居眠り。人相は悪いが好人物の男に起こされて道を続ける。河口湖畔の中屋ホテルに投宿。翌日、舟で湖を渡る富士は見えず。さらに西湖へ。樹海に入る。精進湖に出る。モーターボートで精進村へ。山田屋に泊まる。翌日、女坂峠、右左口(うばぐち)峠を越えたところで美しい富士に歓喜(十月三十日)。乗合馬車を拾い、甲府へ。甲府から汽車で小淵沢へ。中村柊花といと屋に入り、風呂と酒。さぼしという達磨を見に行く。夜中に中村君が行方不明に、大騒ぎで探したところ、ランプ部屋で発見。翌日の話、本人は覚えていないのだという。八ヶ岳の南麓、念場が原を歩く。雨、霧、たまたま見つけた食堂に宿る。そこの亭主の娘はマリヤという。富士の眺めがすばらしい。連れの中村君は二日酔いで歩けない。それでも落葉松(カラマツ)の林を行く。松原湖の日野屋旅館に落ち着き、歌人仲間が集まる。夕方より木枯!! 揺れる二階で飲み会。翌日も雨と風がひどい。意味もなく一斉に一時間も笑い続ける。笑い茸を食べてしまったらしい。翌日もすさまじい木枯。樫鳥(カケスのこと)も吹き飛ばされてくる。悪天候はしばし続く。・・・梓山村で古い家屋に泊まる。屋内に馬が二疋、こちらを向いている。翌朝、お茶代わりに般若湯(お酒のこと)を飲む。秣のように雑につくられたが旨い味噌汁を供される!! 十文字峠へと深い森の中を登ってから尾根伝いに進む。日暮れて栃本へ着く。旧家に一泊。翌日、三峰山へ登り、中津川が荒川と落ち合う落合に泊まる。そして十七日ぶりに東京に戻る。

 

 11. 熊野奈智山: 船で潮岬を廻り、勝浦の港に入る時、奈智(那智のこと)の滝を認める。赤島へ舟で渡り、温泉に浸かる。鰹で酒。雨降りが続き、赤島に三泊する。宿を出るとたずね人と間違えられてしつこいので、腹を立て、土砂降りの雨の中を奈智へ。馬車に乗り、滝を目指すと危ないと言われる。自殺が多いとのこと。四十八丈(3.03×48=144m、実際の落差は133m)の滝に歓声を上げる。滝壺に向かうと、馬車屋が心配して付いてくる。滝の見える宿の二階で酒を頼む。夕食時に、例のたずね人の話がでて、人違いであったこと、五十円の懸賞付きであったことが明らかになる。翌日、勝浦に戻り、鳥羽へと向かう。

 

 12. 沼津千本松原: 牧水が沼津に越してきてから七年が過ぎた。その松原は、森林のごとく下草に雑木林が繁茂していて、鳥も多く、甲州街道に続く小道があり、牧水お気に入りの逍遥地であった。千本山乗運寺の廿六世前の住職、増誉上人の弟が、岩地なので一本毎に阿弥陀経を誦しながら千本の松を植樹したものである。住民の畑を守る防風林ともなった。それを静岡県が伐採するという風説を聞いて嘆く。

 

「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく」(22歳の時の代表作)

 

△この晩年の旅姿: 脚絆に草鞋履きとマントの写真を借用したブログはこちら▽

 

 今夜は拙宅でも熱燗を飲んだ。