毎晩、同じ悪夢にうなされる。
目を開けると―――夢の中で、目を開けると言うのも変な表現だったが―――そこは、小さな教会だった。壁の燭台には申し訳程度にしか火が灯っておらず、内部の全体の様子が把握出来ない。
ただ、薄暗い中、中央の奥に位置する祭壇に誰かが横たわっているのが見えた。視点が変わり、祭壇の上で仰向けに寝ているその人物を真上から見下ろす形となる。
(……僕にそっくりだ)
そう思う。
ブロンドの美しい髪を両脇で三つ編みにしたその女は、滑らかな白い肌をしていて、胸の前で手を組んでいた。微かな膨らみを見せるその胸はゆっくりと上下している。美しい赤い瞳で宙を虚ろに見詰めていたが、やがて瞼がそっと閉じられた。
僕はその姿を改めてまじまじと見詰めた。そっと彼女の方へ手を伸ばそうとするが、今の自分はまるで幽体離脱でもしている様な感覚で、そもそも伸ばす手が無かった。触れることは叶わない。
「!」
そこで突然ぎょっとした。いつの間にか、自分達の周りに、いや、正確に言えば女の周りに、大勢の人間が居たのだ。祭壇を取り囲むようにして、皆息を潜めて女を見下ろしている。
(何だ――)
一種異様な空気を感じる。無い筈の肌がぞくぞくと粟立つのが分かった。
中央に立っていた男が、一歩祭壇の方に足を進めた。そして懐から何かを取り出す。
目を凝らしてよく見ようとする。すると、それが何なのか気付いたと同時に、息が止まりそうになった。蝋燭の光を反射したのは、鈍い銀色の煌めきを放つナイフだった。
まさか――。
嫌な予感が増幅する。心臓がばくばくと鳴る。慌てて周囲を見回すが、周りの人間は誰一人としてその行為を咎めるどころか、動くことさえなかった。祭壇の上にいる女は目を閉じたままで、気付く気配もなく逃げ出すこともしない。
頼む、起きろ、起きてくれ!
大声を出そうとする。しかし今の自分には肉体が無い。出せる声は無く、その手も届くことはなかった。
男は、ナイフを高々と掲げた。
「――――!!」
僕は大きく口を開け、悲鳴を上げそうになり――。
*
(……あれ?)
次の瞬間、僕は絨毯の上に立っていた。
その赤い絨毯が祭壇に続いていることに気付く。今は様子が違い、陽が射し込んでいて明るく、全体が見渡せるが、ここが先程と同じ教会なのだと分かった。
祭壇の上に女の姿は無い。代わりに、何か別の小さく細長いものが有るのが見えた。僕は思わず祭壇の前まで歩みを進め近付くと、それが何かを間近で見ようとした。
……白い、薔薇?
祭壇の上には、一輪の白い薔薇が置かれていた。窓から差し込んだ明るい陽がそこへ当たり、スポットライトでも浴びているかの様に、その薔薇は自分をそっと主張し、そこへ供えられていた。
まるで、誰かの死を悼むかの様に。
まるで、誰かへの愛を囁くかの様に。
僕は――。
僕は、すうっと自分の意識が浮上するのを感じた。ああ、今日もこの夢が終わってしまう。あと少しで、あと少しで何かとても大事なことが思い出せそうな気がするのに、それが出来ない――。
僕は、今度こそはっきりと目を開けた。そして、今日も戻る。夢の中から、僕のいる本来の現実世界へと。