こんばんは、モロッコの友達Aから「Jayはテニス出来るんだってね。俺もテニス上手だよ。勝負しようぜ。」とテニスをしてボッコボコの返り討ちにしてあげたJayです。
素晴らしき日本の文化の一つに、「謙遜」があります。
これは素晴らしい文化です。(私も見習わなくてはw)
この「謙遜」が光り輝くのは国内での事。
日本人同士で「これはつまらないものですが。」と言ってプレゼントをあげたり、外国の方が旅行で日本の奥ゆかしさを感じて「日本はなんて素晴らしい国なんだ」と感じるでしょう。
だけど、海外に行って「謙虚」の姿勢を出していると違和感を覚えられたり、時には嫌悪感を抱かれる事もあるでしょう。
"This is a petty present for you."なんて言ったら、"Then why are you giving this to me!!"と星一徹並みのちゃぶ台返しが来ちゃいますよw
英語の能力にしても例外ではありません。
「あなたは十分英語が出来ますよ。」と思える人も「いえいえ、私は英語はわかりません。」と言われるのです。
I think Japanese are setting their bars too high.
「ここまで喋れるようになったら“私は英語が喋れます”って言おう。」の“ここまで”の設定が異様に高く思えます。
ではなぜ設定が高いのか?
私なりの推測です。
「人と比較したり、周りの目(評価)を気にしているから」!
「私の英語力なんて文法めちゃくちゃだし、単語力も中学生レベルだし…」
文法がめちゃくちゃでも単語力が中学生レベルでも、英語は喋れます。
個々でみれば英語力の差はあるでしょう。
でも周りの英語力と比べて自分の英語力が決まるわけではありません。(する人もいますが、勝手にさせておけばいいのです。)
大学の時にいた私の周りにいた日本人留学生が私の前で英語を喋るのを恥ずかしがっていました。
「私が英語を間違えた時にJayに“あっ、間違えた”と思われたり、バカにされないか心配」というのが理由でした。
みなさん、「恥ずかしがる前に、もし逆の立場だったらどう思うか」を考えてみてください。
街角で片言の日本語を使っている外国人をバカにする人はいないでしょう。いたら何て心の狭い、かわいそうな人なんでしょう。
先ほどのモロッコ人の例を英語に例えてみます。
A「Jay,俺英語喋れるんだ。弁論大会しようぜ。」
Jay「いいよ~。」
結果、私の勝ち。
私は彼をバカにしましたか?
The answer is "NO".
まだ「私は英語が出来ます」と主張するのは難しい人は、
せめて「私の英語はまだまだで人前で喋るのは恥ずかしい。」と思わないようにしましょう。
「No.1じゃなくて」、「Only one」を目指しましょう。
あれ?この曲は最近どこかで観たような?w
P.S. Aは私に負けた後も「俺はテニスが出来る」と主張していました。彼は何も間違っていません。