なんだろう、昔ながらのものに惹かれる心がある。

昔の自分を肯定したい思いか、昔のものなら自分にもある程度理解できることへの安心感か。

確かに最新のものはもう理解ができない。

テレビが何故映っているのかさえ正直なところまだ知らないのに、インターネットやデジタル放送など全く理解できない。

しかしどうだろう。

その分野の沢山の賢い人たちが最新の知恵を持ち寄って最新の反省を持ち寄って最新(細心)の注意を払って創り上げられたであろう最新のものを使わないというのは、非常に失礼なんではなかろうかと思ってしまった。

えらい努力と歴史の最新である。

ただ闇雲に新しいもの好きではなく、新しいものへの敬意としてやはり最新のものを知らなければならないような気になってしまっている。

まだ最新のものへの怯えが強く、この答えにはまだ迷いがある。