表題の示すとおり、榎本武揚の小説仕立ての伝記である。上下二巻、千百ページを超す大著だが、文句なしに面白い。
明治維新の前夜には、魅力的な
人物が大勢輩出しているが、なぜか私はむかしからこの榎本武揚に強く興味を惹(ひ)かれてきた。いや、私だけではなさそうだ。この人物を題材に、安部公房
の『榎本武揚』や中薗英助の『榎本武揚シベリア外伝』など、極めつきのフィクションがいくつも書かれているくらいだから。
なにしろ武揚は、オランダに五年も留学し、幕末のあの時期に日本を世界的な視野で見ることのできた数少ない一人だし、幕府崩壊後、徳川艦隊や抗戦派の幕臣を率いて箱館に逃れ、日本最初の共和国を建設しようと企てた人物である。
箱館戦争終結後も、二年あまり獄にあったのち、新政府に引っぱり出され、明治七年から駐露全権公使としてペテルブルグに四年滞在し、帰途シベリアを馬車で横断したりもしている。
だが、興味はあっても私は、この人の伝記的事実の細部はあまり知らなかった。武揚が青年時代に随行したという蝦夷地視察旅行についても、長崎海軍伝習所で
の生活についても。オランダ留学に関してだって、いったいどんな船でどんな経路で行ったのか、五年ものあいだ、オランダでどんな生活をし、誰(だれ)にな
にを学んだのか。
佐々木さんのこの伝記は、どれだけの資料を駆使したものか、こういった疑問にすべて答えてくれる。そして、江戸開城前後の武揚の行動が、勝海舟との心理的葛藤(かっとう)が、五稜郭陥落までの箱館戦争の経緯が、いきいきと描かれる。
オランダで共和政体を身近に見聞
し、そこに新しい日本の姿を夢みながら帰国した武揚が、祖国の現状を見て味わった深い絶望感
——これがこの本を読んで私にも痛いほど感じとれた。やはり悲劇的英雄
と呼ぶべき人物
なのであろう。
惜しいことにこの伝記、五稜郭
までで終わっている。後半生についても、ぜひ一冊書
いてほしいものだ。