仏壇が声を掛けるでもない、
遺影が飯を食べろとも言わない、
父と母の遺影が起きろとは言わないけど、
私は、衣食住を何一つ不満も無く暮らしで、
鈍感というのか、無関心というのか、
でも音は、好きな歌手の声に包まれ、
周囲は無言の樹木に包まれ、
大木は周囲に数えるしかないけど、
自転車で出歩けば、自然に目を向ければ、
何一つ不満の無い無音の空間に包まれるに、
見るが、全てを楽しませてくれる、
お墓に行っても、私が、無言で、話しかけるには十分な空間に、
全生物に語りかける事が出来ない事に、
生きるには満足な私の生きる無音空間です。
そして、弟の自宅に思った、満たされた空間って、
なんだろう!と自問自答に、考える事に無駄と感じた、
自問自答は、馬鹿な人間のする事だ!と、
生活に無関心な事の人がする事ではないと、
ただ、グダグダの私でした。