3年前の午後、大きな地震を感じた。
古い社屋はよく揺れて、さすがに危険を感じた。
避難指示が出て各階の社員は駐車場で待機した。
多くの、家庭的な社員はそのまま帰宅したけれど、
校了が間近に迫っているぼくたちは帰るわけにはいかなかった。
社屋に戻って余震のなか仕事を進めた。
校了のために集まってもらっていた何人かのスタッフは
帰りの交通手段がなかったこともあり、徹夜で校正を続けた。
ぼくは校了データを手に入れるために、デザイン事務所に地下鉄で向かった。
交通網は機能しておらず、ほんの数キロ進むのにも何十分かかった。
途中下車して走り、データと校了紙を手に入れたぼくは人の流れに逆流し、
都心に向かって走った。
そして徹夜して入稿。
しかし震災の影響で、紙の手配に支障が出た。
せっかくがんばったけど刊行も遅れた。
ぎりぎりの状況下での個人的な努力は、人の目につくこともなかった。
ぼくは、他の人の視線にあまり影響されない。評価されたいとも思わない。
郊外に向かって人々が避難している中、平然と逆走できる人間だ。
自分のやりたいことをやっていきたい。そんなことを自問自答する。
3年後の今日も、校了準備はまだまだ続く。
古い社屋はよく揺れて、さすがに危険を感じた。
避難指示が出て各階の社員は駐車場で待機した。
多くの、家庭的な社員はそのまま帰宅したけれど、
校了が間近に迫っているぼくたちは帰るわけにはいかなかった。
社屋に戻って余震のなか仕事を進めた。
校了のために集まってもらっていた何人かのスタッフは
帰りの交通手段がなかったこともあり、徹夜で校正を続けた。
ぼくは校了データを手に入れるために、デザイン事務所に地下鉄で向かった。
交通網は機能しておらず、ほんの数キロ進むのにも何十分かかった。
途中下車して走り、データと校了紙を手に入れたぼくは人の流れに逆流し、
都心に向かって走った。
そして徹夜して入稿。
しかし震災の影響で、紙の手配に支障が出た。
せっかくがんばったけど刊行も遅れた。
ぎりぎりの状況下での個人的な努力は、人の目につくこともなかった。
ぼくは、他の人の視線にあまり影響されない。評価されたいとも思わない。
郊外に向かって人々が避難している中、平然と逆走できる人間だ。
自分のやりたいことをやっていきたい。そんなことを自問自答する。
3年後の今日も、校了準備はまだまだ続く。