
土曜日は雨が降っていたけど午後6時過ぎに下北沢駅の南口で彼女と待ち合わせ。
本多劇場近くのギャラリーGEKIに行って壷井明氏の個展を鑑賞。昨日は彼のピアノ作品CDを何度も聴いていた。
芸大や美大で学んだ人から見れば絵も曲も粗さが目に付くかもしれないけど、彼の作品はそういうところを問題にしなくていい。
・壷井明(電脳画廊)
http://dennou.velvet.jp/
小手先で作り上げられた作品と異なり、彼の作品は研ぎ澄まされた感覚に満ち、表現する必然性を感じさせる。
彼の表現は、十分に芸術としてのバランスを保っている。
7時からは新宿南口のミニシアター「トリウッド」で3分間映画のオムニバス上映会。
・3分映画オムニバス企画 風雲(かざぐも)
http://kazagumo.mitsu-hide.com/
15人の作品が次々に上映される。
50席ほどのミニシアターは満席。
圧倒的に完成度の高い作品がひとつあった。
吉野耕平という人の「栓」という作品。
無駄がなく、きちんと3分間という枠を活かしている。
漫然と表現する作品が多かった中、きちんと構造やバランスを計算できている。
帰ってきてからプロフィールを見ると、「PFFアワード2000特別審査員受賞」「PFF2004入選」とあった。なるほど。素人ではないわけだ。
8時からは同じ会場でドキュメンタリー映画「グワシ!楳図かずおです」を鑑賞。
吉祥寺に建てた赤白ハウスの裁判についても触れられていた。
最後のシーンは2009年2月1日に完成した家に装丁家の祖父江慎さんや小学館の編集者などを招いてのホームパーティー。
いつかあの家の中に行ってみたい。
楳図かずおさんが広い廃棄物処理場で、汚いものについて語るシーンもあった。
一般の人々も学者も、汚いものや怖いもの、美しいものや楽しいものについて、深く考えることはあまりないかもしれない。
楳図かずおさんの語る言葉は、時として社会学者や人類学者をもうならせる。
そういえば上座部仏教の専門家も楳図かずおの表現に感嘆していた。
・楳図かずおは天才(ひじる日々 東京寺男日記 ehipassiko!)
http://d.hatena.ne.jp/ajita/20091021/p1
夕食は南口のIL CANTUCCIO(イルカントゥッチョ)。
入ったことのない店だけど、ジャックポット系列のイタリアレストラン。
ジャックポット系列のお店ではハズレを感じたことがないので入ってみた。
パスタ、リゾット、前菜もいい。
ワインは一番安い1600円の赤のボトルを試してみた。モンテプルチアーノ種。
ワインは1600~2500円程度のラインナップで、格安。
どれもライトボディだと書いてあるけどそんなことない。
一番安い1600円の赤ですら、十分にミディアムボディの味わいだった。
・IL CANTUCCIO(イルカントゥッチョ)
http://r.gnavi.co.jp/g394002/map1.htm
日曜日朝は原宿から千駄ヶ谷のほうに向かう。
コムサのファミリーセールがあるのだ。
長袖のTシャツなどを購入。セーターの下に着るつもり。
セールの後は歩いて外苑前の方へ。
途中、河出書房新社のビルを見ながら明治公園に立ち寄って、錦鯉の品評会を見学。
国立競技場ではラグビーの早明戦がはじまるらしく、人が集まっている。
自転車を借りて、1周1.2キロの周回道路を3週。休日なので人が多く、歩行者天国と間違えて車道を歩く人や信号を無視する人、逆送する自転車などもあって少しあぶない。
それから外苑前のイチョウ並木に行って散策。
KIHACHI系列のSELANに入ってテラスでパスタランチ。
7割ほど葉っぱが落ちたイチョウ並木が美しい。たくさんの人出。
・SELAN
http://r.gnavi.co.jp/a212005/
表参道に足をのばして、日没直後、イルミネーションの様子を陸橋の上から眺めた。
あまりにも歩行者が多くて、午後5時からは陸橋の利用は禁止。
青山ブックセンターに行って午後6時からはデザイナー原研哉さんのトークイベント。
参加費700円で2時間たっぷり話を聴ける。
一番前の席で楽しい時間をすごすことができた。彼女のすすめで来て正解。
トークにずいぶん触発され、希望を持てるような、前向きな気持ちになることができた。
ぼくは以前から、芸術に興味のある人々が増えれば、世の中はもっと充実したものになると思っている。
美しいものやすばらしいものの構造を見出せる人が増えれば、世の中は意味に満ち溢れてくる。
ぼくも少しデザインのことについて学んでみたいと思った。
■原研哉トークショーメモ 2009.12.6
(走り書きなので、勘違いして書いているところがあるかも)
問題解決のためにデザインが必要。
こういう車はどうだろうか、と構想できる人がデザイナー。
デザインは、多くの人が手にするべきものではないだろうか。
これからは、世の中に「こういうことをやってみませんか」と提案することを仕事の中心に据えたい。
ロジックから生み出せるものにあまり飛躍はない。ロジックと経験値だけではなく、もっと飛躍して構想していく。
起業の可能性を可視化するのもデザインの役割。
紙にはこういう可能性があるのではないか、とか。
色や形ではなく、いかに感じるか。
感覚を開花させていかに味わうか。
デザインが担っている大きなもの。
仮想、構想すること。
それには言葉が必要。説得力がいる。
65歳がピークかな。老齢化社会だし。
デザインということを社会の深層で、大事なところで機能したい。
デザインの社会的地位を高めたい。
欲望のエデュケーション。
ベルトをゆるめると、またおなかが大きくなる。
お客様のニーズに応えるとゆるくなる。
売れる方向にパッケージを変えていくとだらしないものになってしまうかも。
安い方向へ、安い方向へ。
デザインの無いほうが安く見えてそっちに人が行くのはさみしい。
立派なカレーになろうと異文化を吸収しようとして、フォンドボーなどの名前を使った。
だけど今は唾液を出させるような、コクマロとか、さみしい。
センスの悪い国でマーケティングをやると、センスの悪い物が売れる。
住宅のエデュケーションも必要。
不動産屋のチラシによる教育ではなく、どういうところに住むか考える。
デザイナーは古い家をリノベーションすることが多い。全部自分の好きなものにして、新築の7割くらいでできる。
ビルの家の中をぜんぶたこ焼きみたいにひっくり返していくと、内需拡大になる。
人の欲望の中にデザインの未来がある。
お客様の言う通りに、ではなく。
安直になりかねない。
家だけでなく、車も、ファッションも、仕掛けがあるはず。
お客様本位という言葉は好きではない。
へつらうことはしなくていい。よりいいことを提供する。