赤白ストライプの楳図かずお邸について、仮処分申請が却下されたと思ったら、こんどは東京地裁に提訴された。
普通は仮処分申請が却下されたのだから提訴しても勝てるはずがないのではと思うけど、提訴した人もよほど意地になっているのだろうか。
でも裁判は「嫌に思う人がいたら有罪」というわけではなく、状況が客観的に分析される。

少数の近隣住民(といってもせめて吉祥寺の南町の住民でなければ、近隣と言えない気もする)が赤白ストライプの家の計画について不快に感じているのは事実だけど、法律に違反していない以上、建設をやめさせることは難しい。


楳図さんは漫画家の枠におさまらない才能の持ち主。ストーリーテラーとしての能力も尋常ではない。
70歳を過ぎてもステージの上で踊りながら自作の曲を歌ったり、ピュアな感性のトークを行ったりしている様子を見ると、何者だろう、という驚きを感じる。内心、水木しげるさんとか楳図かずおさんは、妖怪や怪物やホラーに関わって、一種の怪物になっているのではないかと感じることもある。
そういった特異な人をある程度好きに活動させてあげることも、社会の幅を広げ豊かにすることにつながるのではないだろうか。

岡本太郎氏の「太陽の塔」を奇抜だ、気持ち悪いと言う人もいただろう。
草間弥生氏のぶつぶつした模様のオブジェを見て気分が悪くなる人もいるかもしれない。
奇抜な作品を見ると追い出したがる人もいるだろう。見たことのない芸術作品を目にすると、常識的ではない、インモラルだ、と主張し、平凡な自分たちに合わせることを求める声も出てくるだろう。
それでも、そういった作品を受け容れることは、常識とかモラルとか価値観について深く考えさせてくれることになるのではないだろうか。


今回の楳図かずお邸の問題について、「モラルの問題だ」とか「大人の解決を」、と口にする人が少なからずいらっしゃるみたいだけど、多くの意見は非常に論理があやふやだ。
モラルの問題とはどういうことか、大人の解決とはどういうことか、深く考えずになあなあの状態に棚上げしている印象がある。
安易に「大人の解決を」などと言いたくはない。そこで思考を停止したくない。

「大人の解決」という姿勢は、結局腹芸とか根回しとか大政翼賛とか雰囲気とか情緒に流されがちな流行とか、事なかれ主義とかなあなあ主義というか、非論理的な行動につながるのでは。

日本人は論理的ではないと指摘されることがある。
たしかに、論理で判断せず、論理も把握していないのに納得したり、従ったり、反発したり、住み分けたり、支配されたり、あやふやな感覚で行動している人が多い。


「モラルの問題だ」とか「大人の解決を」と言っても、そもそもモラルって、何なのだろう?
常識って何?そんなに守ることが大事なことなのだろうか。

モラルや常識というものは、時代や地域や業界や世代によって変化する。
時代が変わるときはモラルというか価値観と価値観のぶつかり合いによって争いが起き、おさまるところにおさまって行った。
自分のまわりの価値観と軋轢がないように、自分のまわりの価値観に配慮してもいいが、価値観の異なるものに迎合する必要もない。

自分の趣味と違う音楽が好きな人にわざわざ話を合わせなくてもいいし、自分と考え方の違う人にとっては心地よく聞こえない意見でも、口にしたほうがいい場合もある。

今回の件では、楳図さんはそれなりの判断により、建築することを選んだ。裁判所も仮処分申請を却下した。
残念だけど、仮処分を申請した人は、自分たちの意見が通らないこともあるのだと自覚し、状況を受け容れてもいい。

また、景観のことで言えば、私から見れば東京の住宅街の景観は非常に貧相。
楳図かずお邸の色のことをどうのこうの言う前に、東京の一戸建ては建て方に余裕がなさすぎる。
イギリスでは長屋みたいな家でも、道路とドアの間に緑のスペースがあるし、裏庭のスペースもとってある。
日本でも田舎のほうでは前庭スペースと裏庭(畑)スペースがある家はめずらしくない。
私の田舎のほうでは建売住宅であっても100坪の敷地が普通。

隣家との距離にも余裕が無く、敷地ぎりぎりに家を建てるなんて、お金に困窮している人が見境が無くなってしまい、家を建てる上で最低限の要素すら切り捨ててしまったのかなという印象をうける。
狭い土地を最大限に活用しようとしているのかもしれないけど、自分の領域しか見えていない、モラルの無い状態に見える。
私の育った田舎の感覚では、キャッチボールをするスペースも車を放置するスペースも無い家なんて、それは一戸建てとは言わない。
私の母親など、田舎にはめずらしい20坪程度の住宅の工事現場を見て、公衆トイレを作るのかと思っていたらしい。
小さな家が完成すると、こういう家もありえるのかと驚いていた。


私から見れば、庭の無い東京の住宅街の家々こそがモラルの欠如、モラルの崩壊だけど、私はあまり「東京の住宅街の景観を良くせよ」「東京の一戸建ても前庭のスペースを必ず用意するように条例で定めよ」「庭も無い家など建築する許可を出すな」などとは主張しない。
東京には東京の人なりの価値観やモラルがあるだろうし、そのうち東京の人も庭の必要性を感じるようになるかもしれないし。


大人の解決というあやふやな言葉があるけど、論理ではなくまわりの価値観に合わせて争いを回避するということは高度な思考だと思えない。

櫻井よしこさんや大日向雅美さんや横田早紀江さんのような、穏やかな口調でいて、それでいてしっかりと論理を持ち、主張するときは主張し、譲らないことは譲らないという姿勢は立派なものだと思うけど、穏やかなだけで論理も無くいざこざを避けようという姿勢は、その場しのぎのものでしかない。

私は、芸術家である楳図かずお氏が、多くの人の眉をしかめさせる、低レベルな表現を行うとは思えない。まずは、楳図かずお邸の完成を待ってから、判断してもよいのではないだろうか。



住民側「勝利宣言にカチン」 楳図さん宅訴訟で(共同通信) - goo ニュース
2007年10月24日(水)19:36

 漫画家の楳図かずおさんが建築中の自宅をめぐり、外壁を赤白しま模様にする工事の差し止めを求め提訴した住民側弁護士が24日、「仮処分却下の際の楳図さんの“勝利宣言”に、住民がカチンときた」と提訴理由を話した。訴状では「住民は景観破壊で平穏に暮らせず、騒音被害ならぬ『騒色被害』を受ける危機に直面している」としている。裁判の途中で工事が完成すれば外壁の撤去などを求めていくという。