ファン・ジニ(映画版)と挽歌(2)」 | 堀田はりいと猫サリーのブログ
古代歴史ファンタジー小説「東遊伝~鷹王と八百万の神々」の著者のブログ-banka
ファン・ジニ(映画版)野辺送りの場面より
(前回より続く)
短い時間だったが、わたしは一流の語り唄のパンソリを聴く思いで鑑賞した。

実際、韓国の民衆生活を聞き取りした労作「アリラン峠の旅人たち」(安宇植編訳。1982年、平凡社刊)によると、「挽歌の歌い手がパンソリのうちの挽歌を手本に詠ったり、挽歌にパンソリの中の哀しい場面などを挿入して詠ったりする場面が増えているようだ」とのことで、映画版の野辺送りの場面で挽歌を歌っていたは、パンソリの唄い手(ソリクン)だったのかもしれない。

パンソリの唄い手は、太鼓の奏者が太鼓と掛け声で囃し、ある時は詠い、ある時は語るように演じる韓国の大衆芸能(口承文芸)のことだが、抑揚のある哀切な節回しによる語り唄は、聴き手の心を強く動かさずにはおかない。日本の芸能なら、中世の説経節、近代の浪曲が近い芸能と言われている。
日韓の芸能史をかじった人は皆さんご存知のことだが、パンソリの唄い手は広大(クワンデ)と呼ばれる芸人に属し、日本の猿楽能や歌舞伎が河原者として賤視されていたのと同じように、賤視されていた時代があった。

「(挽歌の)歌詞にはもっぱら、人生の虚しさと生死の別離の哀しみ、黄泉の国における幸せな生への願いがこめられている。ときには故人の履歴や人柄、存命中になしとげられた業績を追慕する内容が盛られることもある」そうだ。「アリラン峠の旅人たち」より。
「泣き女と韓国ドラマの涙」 で、高句麗の葬儀における「哭泣」のことを書いたが、「韓国の伝統的葬儀は一般的に、死体を安置後哭泣。死体の床を取り囲んで柩に入れる前に哭泣。埋葬後、位牌を祭壇の椅子に安置して哭泣する」そうだ。しかし、こういう伝統的葬儀は、20世紀末で姿を消したのではと推測している。
「泣き女と韓国ドラマの涙」で、「わたしは古代、日本も韓国も人の死に際して泣くことは、清めや悪魔祓い意味を持っていたと思っている。だから激しく泣けば泣くほど、霊力は高まった。泣くことは宗教的な儀式であり、清い行為だった」と書いた。韓国の伝統的葬儀では、清めや悪魔祓いの哭泣が古代から前世紀まで行われていたということになる。

清めや悪魔祓いがなぜ必要なのかは、日本も韓国も古代から近世まで、死や死体を穢(けがれ)とみなしていたからにほかならない。科学的に思考することのなかった時代、死後の肉体の変化を見れば、そう考えることは自然のことだっただろう。

そして死や死体に関わる職業の者を賤視し、非人として差別した。今でこそ、芸能人はタレントとしてもてはやされるが、日本も韓国も少なくとも昭和の初期前までは、芸能者は賤視されていた。それは日韓の伝統的芸能のルーツが祭祀だったからだ。
また、人にあらざる者である芸能者は、時別な日(ハレの日)には福を招くある種霊能者のような特別な人として迎え入れられた。

話しをファン・ジニに戻そう。
ファン・ジニ(映画版)のラストはファン・ジニが愛する人の遺灰を風に飛ばすシーンだった。ロケ地の山の風景がいつも韓流ドラマで観る日本の山村に似た風景とは異なっていた。まるで日本のアルプスのような険しい山々だった。
調べてみると、「北朝鮮で撮影」とのことだった。おそらく中国との国境の山脈を背景にしたロケだったのだろう。


「東遊伝」では、主人公(前世)の両親が突厥から高句麗に向かう途中の山越えで、山賊に襲われそうになる。山賊の国の言い伝えが思わぬ展開を生むことになる。

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