無限の可能性を秘めて生まれてきいて、次世代を形成するはずの人々の能力を制限。あるいは奪うようなことが、教育というシステムが内包し、不可避な要件の一つならば、もはや初等教育は必要ないではないでしょうか?

 

 自分にとって美しいものを、(自分なりに)美しいと表現することができるようになるには、それこそ保育士さんが、ちょっと、耳元でささやいてくれるだけで、十分なのではないでしょうか・?

 

私が言いたいのは、、初等教育というものの中には、「白いものを、この世の中では、黒ともいうことがあるんだよ ♬」 つまり、自分で判断すると、大ケガをすることがあるから、周りを見て、なるべく、黙っていなさい。というような戒めが、その根底にあるのではないか、ということなのです。

 

 これからの時代、そんなのが教育の本質の中に、少しでもあるのならば、もう教育などいらない! かの有名な、堀江貴文̪氏は、ご著書の表題で

 

    「すべての教育は、洗脳である」と言い切っていらっしゃい  ますが、私も、そうだと思います。。。

 

 

 教育が本当に必要なのは、働く世代、さらに100歳までも生きようとしている人々ではないでしょうか?

老害を、まき散らすのも、ある程度必要なのかもしれませんし、それを乗り超えてこそ、次の世代が輝くのかもしれません。

 

 しかし、ゲームに例えますと、これからの人々は、攻略してクリアしなければいけない " Stages ” が,so many ,many, many, mega,giga, tera, giganto !!!!!

 

あるのです。

 

 だから、古い情報を更新できなくて、自分で物事を判断できないような人々は、ちょっと、どいていてもらいたいのです。

 

これからは、いわゆる成人教育といったものが、教育と云ったときに、その中心となるべきだと思います。

 

つまり、教育 ➡ 脱洗脳 

 

この方向しか今、私の頭には浮かびません !!!