犯罪は減ってるのに厳罰化、という論法 | 我々少数派

犯罪は減ってるのに厳罰化、という論法

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 今さらながら先月22日に熊本でおこなわれた森達也氏の講演について思うところを。
 森氏もまた昨今の厳罰化傾向を深く憂慮している。森氏によれば、現時点で厳罰化の傾向が著しいのは先進国では英米と日本だけなのだそうである。しかも、英米では犯罪の増加を受けての厳罰化であるのに対し、日本は、べつに犯罪は増加傾向にないのに厳罰化だけが進むという奇妙な事態になっているという。
 少なくとも日本の治安が今なお良いことは、森氏にかぎらずいろんな人が指摘している。「凶悪事件が多発している」という印象を持つ人が多いだろうが、実際には例えば殺人事件の発生件数は減る一方らしい。そして殺人事件の大半は(今も昔も)近しい血縁関係の中で発生しており、見知らぬ他人に殺されるケースはやはりそんなに多くないという。それなのになぜ事実と逆の認識が一般化しているかといえば、単にマスコミの報道姿勢が変化したためにすぎない。全体の数は減っているのに、1件1件が大きくしかもセンセーショナルに取り上げられるので、世の中とんでもないことになっているかのような錯覚が拡がるのだ。このあたりのことは、例えば浜井浩一・芹沢一也『犯罪不安社会』(光文社新書)などに詳しく書いてある。
 ウィキペディアに載ってる表を見ると、戦後の日本で殺人事件が一番たくさん発生したのは1954年で3000件以上、人口あたりの発生率も同じく54年が最悪である。逆に一番少なかったのは07年までの統計ではまさにその07年で、発生率についても同じである。
 54年といえば高度経済成長以前で、敗戦による混乱も続いており(経済白書の有名なフレーズ「もはや戦後ではない」が56年)、要は日本がまだ貧しかった時代である。発生率で人口10万人中2件(「2人」かな、つまり被害者数が)を下回るのが70年で(ちなみに最悪だった54年は「3.49」)、「1」を下回るのが91年(前年にバブルは崩壊したが、まだ不況でもない頃)。つまり生活が豊かになるほど犯罪は減る、という分っかりやすい話である。その後はずっと「1」の前後で微増微減を繰り返しており、前述のとおり07年が「0.94」で一番低い。
 で、「治安は悪化してない(むしろ逆である)のに、マスコミが不安を煽った結果、厳罰化に走っている日本の状況はおかしい」という森氏の主張は筋がとおっているわけだが、しかしこういう論法は危険だと一方で感じた。
 というのも、そう遠くない将来、治安はまた事実としても悪化し始めることが容易に予測されるからである。「豊かな時代」はもうとっくに終わっている。経済状況はヒドいのに犯罪が少ないのは、いわゆる「ロスジェネ」世代の貧困層、低賃金の若年労働者やニートや引きこもりの多くが、まだ親の収入や貯蓄に依存でき、いよいよ切羽つまっていないからである。もちろん、この状況はあと数年しかもたないだろう。
 犯罪が再び増加傾向に転じると、森氏のような論法は説得力を失ってしまう。