私の体験した「もうひとりの私」は一体誰なのか?

「私を静かに見つめているもうひとりの私」の体験から2年半たちました。その2年半の間は、おもにヨーガのなかで体験の意味するところを探究しましたが、答えを見いだせずにいました。ヨーガの修行と平行して、鎌倉一法庵住職の山下良道先生のポッドキャストも聞き続けていました。

その山下先生が、私の地元の名古屋の中日文化センターで「仏教3.0から般若心経を読み解く」という講座をされるというので、早速参加しました。2016年10月でした。

ちょうどその頃、山下先生と藤田一照先生、永井均先生の3人が、朝日カルチャーセンター新宿教室での鼎談されたのをまとめた『仏教3.0を哲学する』という著書が、春秋社から出版されました。

その本の中に内山興正老師ご自身が描かれた第四図と第五図という図が載せられており、その図がその講座の中でも頻繁に使われておりました。

山下先生が教室のホワイトボードに描かれ、そして本の中にも掲載された「第五図」。私はその第五図を見た瞬間、すべてが附に落ちたのです。

私が経験したのはこれだ!これだったんだ!理屈無しに分かりました。

私達は頭の中の映画、ストーリーに生きていて、それを現実世界だと思ってる。でもその頭の中の世界(第四図)が何かの拍子で抜け落ちた時、全く違うもう一人のわたしが現れる。そのもう一人のわたしが、静かにすべてを見つめていたのだ。

その講座のあと場所を移動して、東別院近く浄土真宗 崇覚寺で「マインドフルネス瞑想会」が引き続きあったので、それにも参加し、「ワンダルマ・メソッドの瞑想」を初めて体験させて頂きました。

山下先生のガイドに導かれながら、次第に深く瞑想状態に入ってゆきました。そしてついに、あの施設の閉所式での体験とまったく同じ現象が起こりました。「私を静かに見つめているもうひとりの私」が、再び出現したのです。約2年半ぶりに。

そのことに自分自身が一番驚きました。
やはり、あれは妄想ではなかったのだ、気のせいでもなかったのだ。

本当の私は確かに存在していて
死んでも死なない命がある。
そう私は確信しました。

概念ではない、信仰の対象でもない、想像の産物でもない「もうひとりのわたし=本当のわたし」は確かに実在する。

体験の意味がわかり、長年探し求めていたことの答えが見えてきた私は、それまで所属していたヨーガ道場から独立し、山下先生に指導を受けながら、この新しい発見に基づく自分のヨーガクラスを創ってきました。

昨年終わりからは瞑想クラスも始めています。もちろん山下先生のワンダルマ・メソッドによる瞑想クラスです。

なぜ、この瞑想法なのか?それは、ワンダルマ・メソッドの瞑想のなかで、私が探し続けた「本当のわたし」に再び出会えたからです。偶然一回切りではなく、いつでも再現可能なものとして。もちろん、徹底的にヨーガをやりこんだことも基礎になっているとは思いますが、ヨーガだけではどうしても再現できなかったのです。

ヨーガは八つの階段を上っていきます。
一般的なヨーガと思われているものは、八つのうちの一つに過ぎないアーサナだけですが、本来は生き方そのものであり、本当のヨーガは瞑想に続いていきます。ですからヨーガと瞑想どちらも大切なのです。

本当のヨーガを伝えたい。
本当の私の存在を伝えたい。

何よりも自分のことが嫌いで、劣等感の塊で、生まれてこなければ良かったとさえ思っていたこの私が、今こんなにも満たされていて喜びに溢れていることが何よりの証明となり、今苦しんでいる人達の希望になるのではないか、と思っています。

私は20代の頃「マインズ・アイ」という名前で、ワークショップなどを開催し、親友とともに活動していました。心が私を苦しめている。だからこそ自分を客観的に観る目、すなわち心眼こそ大事だということは、当時から分かっていたのです。だからこそ、「マインズ・アイ(心を観る目)」というグループ名で活動していました。

問題は「どこからの視線なのか」という点。ここが決定的に間違っていました。致命的に不十分でした。

エゴの私が、エゴの私を、客観的になど観られるはずもなく、客観的に観ることができない自分を許せないという、もうどうしようもない悪循環に陥りました。最後の壁が打ち破れなかったのです。結局、その親友は自分をどうしても許せないまま、亡くなってしまいました。

20代で探究に行き詰まってしまった地点をブレイクスルーするのは、まさにこの体験だったのだと、今では完璧に理解できます。この体験のあと、一時的に激しく落ち込み、孤独になりましたが、今ではすべてが大いなる恩寵だったのだと深く思います。

長い探究の末、どこが我々の行き詰まりのポイントなのかが、はっきり明確になりました。「私達は二重構造である」ということを知ることが、この行き詰まりを突破するうえで最重要なことだったのです。

しかもそれは魂とか霊とかそういう、たぶんあるだろうという想像の産物でもなく、ほんの少数の天才達のみが入れる境地でもなく、誰にでも一定の手順を踏めば、直接体験することが出来るということ。

私はあの体験と二重構造の理解により、どうしても超えられなかった最後の行き詰まりを突破することが出来たのです。感無量としかいいようがありません。きっと亡き親友も喜んでくれているでしょう。

体験から、紆余曲折しつつ、その意味するところの理解に行き着くまで3年ほどかかりました。その答えとなった第5図に基づき、これまでのすべてを整理するのに、さらに2年かかりました。本当に途中で諦めなくて良かったと思っています。

振り返ればあの体験があったからこそ、私は答えを求めてヨーガと仏教にたどり着けたのです。そして最終的に、ヨーガと仏教によって私は救われたのです。

そして今はヨーガの指導者となって活動している。瞑想も教えている。
5年前に、それまでのアイデンティティが崩壊して、恐怖に震えていた私には全く想像すら出来なかったことです。人生が不思議に展開していくのを私自身が驚くばかりです。

2年前、それまで誰に話しても理解されなかった体験を、震えながら山下先生に、勇気を持って告白した時、馬鹿にすることなく真剣に私の体験を聞いて下さり、適切なアドバイスをいただきました。そのおかげで今があります。どれほど救われたことでしょう。

こうして体験を語ること、私自身が誠実に真実を伝えていくことで、先生へのご恩返しと更なる探究が出来たらと思い、日々活動を続けています。
亡き親友と、私の探究の最初の師である父とともに・・・。



2年前の崇覚寺の瞑想会にて

昨年5月には崇覚寺の山下先生のマインドフルネスの会でヨーガを担当させていただきました。


最後まで読んで下さってありがとうございました
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今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m