先日山下先生の法話のまとめの記事をあげました。

その法話の中で取り上げられている第五図がいきなり出現した体験は、私に5年前に起きたことです。

これまでも何度か法話の中でその体験を取り上げて下さっていますが、勇気を持って自分の体験を、私の言葉で語りたいと思います。

【私とは誰なのか?〜真の探究のはじまり〜その1】

今から5年前(2014年)の3月、私は人生がひっくり返るような体験をしました。 この体験を公開の場で語る日が来るとは、自分自身が一番驚いています。 

当時は、こんな体験は誰にも理解されるわけがないから、死ぬまで封印しようと思っていた出来事なのです。

「私とは何なのか?」いままでのすべての前提が崩れた出来事でした。 もうひとりの私に出会ってしまったのですから・・・

何度か書いたことがあると思いますが、私は長女を出産するまで障害者の施設でスタッフ として7年間働いていました。出産のため退職したあとも、月に一回はその施設へ赤ちゃんだった長女をを連れて遊びに行っていました。
その後、次女も出産し、その子が保育園に通うようになったら再びそこで働く予定でした。

その頃の私は母親の介護に、2人の子供の育児にと、自分の時間がまったく持てないほど 忙しかったのです。それに加えて父の残した会社をたたむための最後の整理も重なっていました。

そういう状況のなか、この施設が私の唯一の居場所であり、心安らぐ場所、自分自身でいられる場所だったのです。ところが2014年の春、突然閉所されることになりました。次年度の予算が下りなかったためです。

私はその閉所式のゲストとしてよばれ、沖縄三線ライブをしました。
その場所には利用者さんとその家族、私の2人の子供達、共に働いた仲間達がいました。 私の大切な人達が、みんなバラバラになってしまうのだな、もう一緒にこうしてこのメンバーで歌うのは最後か・・・
ステージで歌いながら悲しみの涙が止まりません。

その時です、その出来事は起こりました。

私は三線を弾きながら悲しくて号泣していました。
しかし「全く違う私」が現れて、その泣いている私をじーっと見ているのです。
本当に静かに私を見ている。
何とも言えない時間と 空間。すべてが止まったような、時間がどれくらいたったのかも分からない感覚。
私は混乱しました。

 今のじーっと見ていたひとはいったい誰?
他人ではなく、自分だった。でもそのひとが自分なら、このもともとの自分である私は何??
私は悲しくて泣いているのに、同時に悲しくないってどういうこと?

その頃は、介護と育児にほとんどの時間をとられ、父の残した会社の残務整理もありました。心理学のワークショップの共同主催者であった親友も亡くなり、この友人と一緒にしていた真理の探究も一旦停止していたころです。

ただただ目の前の現実を一所懸命こなしながら生きていくのが精一杯だった頃です。

そして同時にその現実のなかの大切なものが、次々と崩壊していった頃でもあります。父がゼロから起ち上げた会社、自分の心のより所だった施設も、次々となくなっていき、 最愛の母の命も残りわずかとお医者さんに告げられていました。

「私を見ていた私?」
その意識があまりにもリアルだったので、私はあの人が「本当の私」なのではないか、と思いました。 
今まで私と思っていたのは、映画の中で演じている私、その私を静かに見ている方が本当の私ではないか、と。

そうだとしたら、じゃあ、今までの私って何だったの?私は激しく 落ち込みました。

私は、幼い頃から、頑張って頑張って生きてきたのです。誰にも頼ってはいけないと、自分の力でひたすら上を目指して生きてきました。無理してでも頑張って、どんなに苦しくても、周りには大丈夫!と笑顔の仮面をつけながら。
そんな自分のこれまでの人生を振り返り、なんともむなしい気持ちになりました。一体私は何をやってきたのだろう、と。

その日から、私に起きたこの出来事の謎を解く探究が始まりました。

こんなこと、誰に話しても理解されない、頭がおかしくなったと思われるだろう。その予想通り、実際に話してみると、もちろん、誰からも理解などされませんでした。

あなただからそういう体験をしたんじゃない?
疲れてるんだよ、夢じゃない?
臨死体験?超常現象?気のせいだよ 
とうとう変な方向に行ったね。

私がもう一度、あの状態になれれば、あの体験は単なる超常現象ではないと証明できる、でもどうすれば?

私はあの状態が、ヨーガか仏教の修行の段階のどこかなのではないか、と直感しました。 仏教や瞑想をきちんと学べるところはないか?ひたすら調べました。でもなかなかたどり着けない。正統的な仏教を学べる場所が見つけられないのです。

指導者と言われる方にも質問したことがありますが、まともに答えてもらえませんでした。

そうだヨーガを学ぼう。ヨーガの教えの中に求めていた答えがあるかもしれない。その当時はヨーガの先生になるつもりもありませんでした。ただ、ヨーガの教えそのものが学びたくて、それをじっくり学べそうな「ヨーガインストラク ター養成コース」に入門したのです。もちろん、その体験が動機とはとても言えませんでした。

その当時の私は身体も心もボロボロ。身体もとても硬かったのです。ヨーガの指導者にとても自分はなれるとは思えませんでした。

母との葛藤もまだ解消しきれておらず、余命わずかの母が亡くなるまでに、なんとかその葛藤を解決したかったというのもありました。だから必死だったのです。

ヨーガの先生の資格をとるためではなく、人生の大問題を解決したかったのです。私とは何なのか?死とは何なのか?子供の頃から探究してきた事の答えが、きっとヨーガの中にあるはず。やがてコースが始まり、かなりハードな修行にも耐えて頑張っていました。でもなかなかあの状態にはならない。

衝撃だったのは、ヨーガの業界の人達は、人生の大問題にそれほど強い興味があるわけではないということ。1995年のオウム事件の影響から、ヨーガから瞑想や哲学の部分がそぎ落とされていること。

それでも勇気を持って、ヨーガの仲間にあの体験を打ち明けたときに、あっさりこう言われて、本当に落ち込んだのを覚えています。
「本当の私が分かったって、だから何?でも、お金稼がなくちゃいけないでしょ?」

あの頃の私は、私が一番大事にしていることを誰にも理解されず、天涯孤独でした。

そして私は、仏教の中でその答えをついに見つけることができたのです。

〜その2へ続く〜

五年前の閉所式のライブの様子