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 粘土と言うと、粘っこくて、形を容易に造る事が出来る材料ですよね。この様なものを可塑性 (plasticity) 原料と言います。プラスチックとは可塑性を持ったものと言う意味ですね。

 

 一般的に、陶磁器業界では可塑性の強い粘土が重宝されます(お前が重宝されない訳やなニヤリ)。そうそう、性格あっさり、役立たずと言われてますから・・・。って、なんでやねんムキー

 

 可塑性が無いと、形を作る事が難しいのです。割れてしまったり、崩れてしまったりしますので形を留める事が出来ないのです。

 

 粘土と言うと、瀬戸地区や東濃地区で採掘される「木節(キブシ)粘土」や「蛙目(ガイロメ)粘土」が有名です。特に瀬戸地区のものが良いとされています(東農地区の方ごめんなさい)。

 

 「木節粘土」は古代の木屑を含んでいる事から、「蛙目粘土」は長石が風化した際の珪砂を含み、雨が降った後、珪砂が顔を出し、蛙の目の様に見える事から名付けられた様です。

 

 「木節粘土」は木屑を取り除いた後、「蛙目粘土」は粗い珪砂を取り除いた後、水簸と言う分級を行って細かい粘土分を回収して得られます。

 

 水簸とは、簡単に言うと、粘土を水に溶いて、粗いものを沈降させて、水中に漂う細かい粘土を回収すると言う、日本古来の分級方法です。

 

 今では機械分級(サイクロン)が主流ですが、メンテナンスを必要としない正確無比な分級方法であると、私は今でも信じております。先人達の知恵ですね。

 

 今でも、瀬戸地区や東濃地区では細々と行われていますが、衰退の一途と言っても過言ではありません。多くの水簸工場が廃業又は閉鎖してしまっています。

 

 そうそう、粘土の精製で発生する珪砂は比較的不純物が少なく、ガラスの原料としても使われました。今から50年程前は、日本国内で使用される珪砂の7割が瀬戸産だったんです。

 

 でも今は、輸入珪砂が主流で、珪砂工場も激減してしまいましたとさ・・・。

 

 この日本が誇る水簸技術を伝えるべく、中国は広東省に7年も滞在しておりました。私は青春の日々を異国の地に捧げたのです(技術漏洩じゃんニヤリ)。会社命令だったの・・・プンプン

 

 日本にも無い、世界一の水簸工場を造ったんです(会社がな)。船形と言われる水簸タンクを約20基も備える素晴らしい工場だったんですが、欧米の会社に買収されました。残念~。

 

 これから、アップしていく「中国の想い出①」の後半戦は、この工場建設の元となる原料調査の顛末です。まさか、そんな事になるとも知らず、人生とは残酷なものですなぁ~ショボーン

 

 前記事で、カオリンの話をしましたが、カオリンは可塑性が必ずしも強いとは言えません。それでも苦労して形を整え、素晴らしい芸術品を作り上げてきた人類は大したものです。

 

 でもね、その陰で、失敗作も数知れず、人呼んで「窯糞」として、原料が無駄に使われたとも言えます。だからこそ、価値があったとも言えますけどね。

 

 日本では、17世紀半ばに、熊本県の天草諸島で陶石が発見されました(天草陶石)。18世紀初頭に良質な原料である事が分かり、有田を中心に初めて磁器製造が始まったのです。

 

 焼物の事を「陶器」とか「磁器」、合わせて「陶磁器」と言ったりしますが、「陶器」と「磁器」は大きく違います。次回、陶器と磁器の違いを説明しますが、取り敢えず話を進めます。

 

 陶石と言うのは、粉砕して水を加えると、それだけで磁器を造る事が出来る素晴らしい石です。不純物が少なく、良質の白磁が造られました。でも矢張り、歩留は悪かったんですね。

 

 それを背景にして、「有田焼」、「伊万里焼」など、名品として扱われました。

 

 それに目を付けた尾張藩は、自藩での磁器製造を企んだのです。元々、尾張の国や美濃の国周辺では陶器が作られていました。どちらが先かは係争中ですけどね。

 

 しかし、尾張藩の成功は、その産地である瀬戸の名を全国区に押し上げました。だから、陶磁器の事を「瀬戸物(せともの)」と言うでしょ。違うと言う人もいますけどね。

 

 この地域では、とても可塑性の強い粘土が産出していたのです。それを背景に、陶器が作られていました。「黄瀬戸」「瀬戸黒」「織部」「志野」などが有名です。

 

 この尾張藩の企みについては、後日、創作物語として御紹介しましょう。我が郷土である瀬戸市の「瀬戸物祭」と大きく関連しておりますので・・・。

 

 一般的に粘土と言われるのは、堆積性の粘土です。カオリンなどの粘土鉱物が雨などにより流れ出し、川底や湖底に堆積したもので、比較的細かい粒子の粘土となります。

 

 しかし、この様な粘土は不純物が多く、焼くと色が付くのです。白磁の原料としては使えませんが、瀬戸の粘土は不純物が少なく、白磁を造る事が出来たのです。

 

 また、1,000万年もの永い時間をかけ、バクテリアの介在で、非常に可塑性の強い粘土が出来上がったのです。いわゆる「木節粘土」「蛙目粘土」と言われる粘土です。

 

 瀬戸周辺で採れる粘土は世界でも珍しく、私が知る限り、ドイツ粘土、福建省南靖県で極僅か産出を確認しておりますが、非常に珍しいと言って良いと思います。

 

 現在では、より白さが要求されますので、不純物がより少ないカオリンを主体にして、可塑性を上げる為に「木節粘土」や「蛙目粘土」を加えています。

 

 歩留が良く、素晴らしいものが出来れば万々歳ですね。でも、それが有難みをなくし、瀬戸焼を代表とする陶磁器産業の衰退を招いたと言えるかも知れません。

 

 滅多に手に入らないから、持て囃される訳ですからね。「高嶺の花」ではなくなってしまったのです。そして、中国の台頭を招き、瀕死の状態になってしまいました。

 

 中国では元々カオリン主体の磁器生産でしたので、歩留は悪いのですが、圧倒的なコストパフォーマンスを背景に、攻勢をかけられたのです。

 

 我慢できず、目先の利益に目がくらみ、中国に進出してしまった事もありますが、瀬戸の地場産業であった陶磁器工場はほとんど無くなってしまいました。

 

 そうそう、私が滞在した広東省の工場も、大手顧客の中国進出に伴い、半強制的に建設されたものなんです。お陰で私の青春の日々が・・・ガーン

 

 私が子供のころ、「白い川の、白い町」と呼ばれてました。陶磁器工場から出てくる排水は白く濁った泥水だったのです。今では透明な水が流れています。良い事ですけどね。

 

 また、可塑性が良い原料を使用し続けたことが、成型技術の進歩を阻んだと言えるかも知れません。価格高騰をしてしまった「木節粘土」や「蛙目粘土」は使いづらいですね。

 

 人口の増加も一因です。粘土鉱床の上に家が立ち並んでしまい、掘るに掘れないのです。かと言って、今更カオリンだけで成型する技術が無いのです。

 

 また、一般庶民も、食器などに頓着を言わなくなってしまったと言えますね。100円ショップもので十分だってね(うちは貰い物の高級食器に低級食材を載せてますけどねニヤリ)。

 

 そうそう、思い出しました。瀬戸の粘土は、鉛筆の芯を固める為に使われてましたよ。今はドイツ粘土でしょうか。昔はどいつもこいつも鉛筆使ってましたけど今はね・・・。

 

 あ~、瀬戸の希望は・・・えーん、あ、そうだびっくり、将棋の藤井聡太七段がいました。彼に頑張ってもらいましょう。「老兵は死なずただ消え去るのみ」(って何時去るんじゃ)、嫌じゃ嫌じゃえーん

 

粘って、粘って、100歳まで生きるんじゃ・・・おねがい

 

 

 

「陶器」と「磁器」の違いも御参照願います。

 

 

 

 

原料一覧はこちらをどうぞ

 

 

 

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