江戸時代、ここ東海道四日市宿資料館の位置するところには「問屋場」がありました。


 問屋場は、宿場でもっとも重要な施設です。問屋場には大きく2つの仕事がありました。

 一つは、「人馬の継立」業務で幕府の公用旅行者や大名などがその宿場を利用する際 に、必要な馬や人足を用意しておき、彼らの荷物を次の宿場まで運ぶというものです。

 もう一つが、幕府公用の書状や品物を次の宿場に届ける「飛脚」業務で、継飛脚(つぎびきゃく)といいます。

 

 これらの業務を円滑に運営するために、問屋場には宿場の最高責任者である、問屋(といや)、問屋の補佐役である年寄(としより)、事務担当の帳付(ちょうづけ)が詰めていました。

 またその下に、人馬指(じんばさし)とか馬指(うまさし)といった、人足や馬を指図する役職を置いていた宿場もありました。

 この他にも、参勤交代の大名行列などを宿場の出入り口で出迎えるための迎役(むかえやく)といった役職を設けていた宿場もあります。

 

 写真は、東海道庄野宿の問屋場を描いた浮世絵です。

 

 話のネタ「四日市の問屋役」

 当資料館(建物)のオーナーである福生さんのご先祖は、江戸時代に四日市宿の「問屋役」として宿場の重職を務められていました。