資料館の2階には壁面一杯、たくさんの絵馬が掛けられています。

奈良県明日香村橘にある、橘寺(たちばなでら)です。
西暦572年、当時欽明天皇の別宮「橘の宮」のあったこの地において、聖徳太子(厩戸皇子)が、橘豊日命(たちばなのとよひのみこと)と穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)を父母とされて誕生されたと伝えられています。
また、橘寺という寺名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来します。
本堂(太子殿)には、ご本尊の聖徳太子35歳の時、勝鬘経(しょうまんぎょう)を講讃(こうさん)されたお姿とされる「聖徳太子座像(国重要文化財)」が祀られています。
太子は飛鳥時代の皇族・政治家であり、仏教を厚く信仰し興隆に努めました。
太子によって制定された「十七条憲法」は仏教を敬うように定め、政治に役立てようと、仏教に影響された教えが記されています。
「和を以って貴しと為し 忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ」
「心をおだやかにたもち、相手の気持ちを考え、人と人との和を良くしていくことが大切である。相手に逆らうことなく、いさかいをおこさないことが大切である。」と教えています。
絵馬は、白木の板に御朱印をいただいた御朱印絵馬、病気平癒祈願絵馬の2題と「和」が記された杓子です。




