都鳥 君こそスターモデルだ! 上野山の花見 | 時代考証家 山田順子の東奔西走とうほんせいそう

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私の職業は時代考証家です。本業の映画やテレビの時代劇を制作する以外にも、現代のいろいろな問題に興味がわいてきます。時代考証の話はもちろん、好奇心いっぱいで東奔西走し、八面六臂する姿をこのブログでは、ご紹介したいと思います。


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東京に住んで45年も経ちますが、江戸一番の桜の名所といってもいい、上野山でお花見をしたことがありません。
この時期はなにかと忙しく、上野に来ることはあっても目的地に一直線、ましてやちょうど満開に出会うなんてこと、ほとんどありません。
今回は、偶然できた時間を利用して、初めて上野山全山を巡りました。
まず、いつものコースとは逆に、JR御徒町駅方向から出発です。
山に向かう前に広がるのは、不忍池です。

池は、上野の寛永寺を東の比叡山と見立てたことで、その麓に琵琶湖を模して人工に造った池です。池の中央に弁天様を祀る弁天島を配し、その向こうに上野山が横たわるいう構図です。
そこで、なんとスーパーモデルに出逢いました。

池にカメラを向けていたのですが、その前に一本の邪魔な杭があるのです。この杭なんとかならないかなと思っていると、そこにさっと登場したのが、「ユリカモメ」別名を「都鳥」といい、古典文学でもお馴染みの超有名な鳥です。
それが、頼んでもいないのに、カメラの前に。手ぶれでピントボケをしないように、カメラを固定している私を意識してか、頭を傾げたり、橫を向いたりと、いろいろとポーズを変えながら待っています。
さて、準備OKで、シャッターを切ろうとすると、カメラ目線で、ピタリと動きを止めてくれました。

なんというモデルぶり。しかも何回かシャッターを切るたびにピタリ。ズームにするとまたピタリ。まるでカメラマンの指示通りに振舞うモデルのようです。
そして、こちらが一通り撮影して、しかも写真の出来を確認して、「よっしゃ!撮れたぞ」というと、さっとどこかに、飛び去ったのです。
このまるで、スーパーモデルさながらの都鳥。
さすが、「都の鳥」として、親善大使の役目を立派に勤めています。
不忍池から長い石段を上がって、上野東照宮へ。

門も社殿も金ピッカです。日光の東照宮が極彩色なのに対して、上野は金一色です。ただ、残念なことに、昨日まで桜祭りのために出店していた屋台の片付けが行われていたのですが。なんと、その残骸が建てられかけているのは全国の有力大名が寄進した石燈籠。その建立年号をみると、「慶安」(1648~1652)なんと350年前のものなのです。境内が狭いとはいえ、文化財価値がある石灯籠の間で屋台とは、さすがの東照権現様もビックリです。
東照宮から西郷隆盛像のある方向への桜並木は、人また人!
しかも半分以上が外国人らしいのです。
もちろん、皆さんスマホを片手に。
東照宮の次は、この上野山の起源ともいえる寛永寺へ。
江戸時代は、この山がすべて境内だった寺も、今は東京芸大の裏にひっそりとあります。屋根に輝く金の葵の御紋と、桜が江戸の繁栄のよすがを伝えます。
さて、最後は、今回上野山に来た本来の目的です。
東京国立博物館で、4月11日~6月4日まで開催される特別展「茶の湯」の内覧会です。
日本文化の真髄で、近年海外からの関心も高い「茶の湯」に関する名品が、ずらっと並ぶというのです。
もちろん、今話題の「曜変天目」も展示されていました。
私も茶道を8年ほどやりましたが、奥が深すぎて挫折しました。(足がしびれて、挫折かな)
でも、あまりにも見学者が多くて、根気よく並ばないと見られないのです。並ぶのが、大嫌いな私は、また挫折して、ほとんどパス。
もったいないことですが、やはり、詫び寂びは静かに拝見したいので、
後日出直すことにします。
という訳で、本当は勉強にきたはずの上野山で、一日楽しいお花見をしました。
私が解説を書いた『絵解き 江戸名所百人美女の粋な暮らし」(淡交社)の中にも手習いの女師匠が、弟子の子供を連れて、課外授業で上野山で花見をしている絵があります。

まさに、そんな一日でした。
 

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