柳井学園、執念V 息詰まる投手戦、1点守り抜く 山口
2011年7月28日0時41分
優勝を決め、マウンド上で喜ぶ柳井学園の選手たち。左は敗れた桜ケ丘の二塁走者市川雄也君=西京、高田正幸撮影
ワンチャンスをものにした柳井学園が、夢の舞台への初切符をつかんだ。27日の山口大会決勝は、緊迫した1時間32分の投手戦に。柳井学園は投手矢沢を中心に堅い守りで1点を守りきった。敗れた桜ケ丘もファインプレーを連発。両チームに大きな声援が送られた。柳井学園は60チームの代表として、8月6日に開幕する甲子園の舞台に挑む。
◇
(柳井学園1―0桜ケ丘)
一球に集中する選手たちの心臓の鼓動が聞こえそうな、息詰まる攻防だった。
試合が動いたのは6回。柳井学園は1死から1番飯干が右前安打。次打者は三邪飛に倒れ、秋本監督は2死から勝負に出た。「走れたら走れ」のサイン。だが1球目はスタートを切れず。2球目。サインは「絶対走れ」に変わった。飯干が思いきってスタートを切り二盗成功。3番中村は「ゴロで絶対つなぐ」。打球は三遊間を抜けた。飯干は迷わず本塁に突入し、これが決勝点になった。両チームの守備も光った。1回無死一塁、桜ケ丘の2番黒木はバントしたが捕邪飛に。柳井学園の阿部が一塁に素早く投げ併殺。4回には、桜ケ丘の2番黒木の一、二塁間の当たりを柳井学園の一塁手・中村が飛びついて好捕。5回には柳井学園のバントが小飛球になったのを桜ケ丘の投手小西が好捕し、これも併殺に。6回には桜ケ丘の三塁手山口も好捕を見せた。互いに譲らず無失策試合に仕立てた。粘る桜ケ丘は9回、先頭の市川が死球で出塁。犠打と内野ゴロで2死二塁、一打同点まで追い詰めた。柳井学園の選手たちはマウンドに集まり指先を天に向けた。チームの合言葉「みんなでひとつ」のしぐさだ。直後、矢沢は最後の打者を三振に打ち取った。(奥正光)
■迷わない決意、右腕回した 柳井学園・畑尾和政選手
6回裏、中村彰成君の左前安打で右腕を回す畑尾和政君(右)。左は本塁を踏んだ飯干力也君=西京
待ち望んだ快音が、ついに響いた。その瞬間、柳井学園三塁コーチの畑尾和政君(3年)は、力を込めて右腕を回す。「ここしかない。ゴーだ」。二塁走者の飯干力也君(3年)も、右手を挙げた。「了解」のサインだ。6回裏2死二塁。左前安打で、飯干君は速度を落とさず、本塁に滑り込んだ。虎の子の1点。背番号6の三塁コーチは、回していた腕を、笑顔で突き上げた。決勝の大舞台。一人、試合前から戦い始めていた。桜ケ丘のノックをベンチで見つめる。左翼手の返球が三塁側に、それがちなのを見つけた。外野の芝も長め。球の勢いも止まりやすく、捕球まで時間がかかるはずだ。「きょうは1点勝負。走者二塁なら絶対に回す」と決めていた。
コーチスボックスに立ち始めたのは、3年生から。それまでも先発メンバーではなかった。ミーティングで誰よりも丁寧にメモを取り、その場で頭にたたき込むまじめさを買われた。「視野が広く、誰よりも野球を知っている」。秋本篤志監督は控えの畑尾君に、背番号6を託し、三塁コーチを任せた。ただ、もともと慎重な性格。練習試合では何度も失敗した。安打が出ても走者を三塁で止めては怒られた。この夏、足技を武器にダイヤモンドを駆け回る仲間を見て思った。「皆を信じよう。自分が迷っては駄目だ」。6回の場面も、飯干君が2死から果敢に盗塁を決めた直後。力をもらった。秋本監督は「思い切ってよく回してくれた」。柳井学園はこの夏、本塁打ゼロながら、走り回って24点を奪い取った。甲子園をめざし、兵庫から山口に来て3年目。うれしい「里帰り」を前に、右腕が教えてくれた。「勝負してみなきゃ、わからないんだ」。夢の舞台でも、その決意を忘れない。(箕田拓太)


