作文15号プチ放浪 2024-04-12 22:24:41

 

 

 

 

《’260330…

トタン山サンハ浮游していますね、弓道トカヲサレテミラレテハ【向イテイルソウデスヨ、、って【あんじーらさんって方からヒョンなコトから感想を頂いたコトがありました

 

人や社会は【日々の99%の航行視界が

外界の【人間モノ】モノゴトを【ステレオタイプで捉えて浮遊をしています

 

山が在れば頂上に登るモノだと思い込み

 

塾の工面をしてもらって【学歴社会に出て【炊飯器製造社会の一員として【早起きして炊飯器からの御飯で家族を送り出し【出勤をして

【ショッピングに明け暮れ【意思の疎通可能な動物を食べて

【大きな家の維持をし【コンクリートの町で文明的機関に依存をして

 

先生が“恩”を売る『仰げば尊し♪』なる曲を歌って

※同列壇上境地でのシェアではなく【体制的、形態モノ機関や『門』構えにての風上型引率意識者や【親子間、師弟間での

*教え、育てようとする『教育』メソッド『教え教』形態を疑わず


*名詞的『学び』や、名詞的『成長』や、名詞的『哲学』なども然り
*経歴/肩書などの放射も然り(自身の大好き対象における提示からであれば別にイイのですが)

 

様々な『式』や資格や、仏壇や墓、受診や薬、周囲の人たちの顔の奥を除き込み【哲学的夢遊病社会の煩雑ゴッコに真顔で呑まれていき
【自分の外世界を生きさせる【巷水準溺れゲームで【品評会『ラベル』】を貼り
※他存在に【求める/心の杖化展開をして

私達は幼稚園辺りから社会の轍にジワリジワリと収まって【人間モノ】を生きて行くモノだと思ってきました

 

勿論他者の嫌がるコトさえせずに【楽しんで居れば【問題】ではないのですが、

自ら嗜むでもなく【外海の人間モノ展開を、

やれ誰々が大物を釣上げただのメダルを獲得しただのと

【そんな『先進国』という滑稽さに気づく迄は、

人も社会も【同じパラレル版社会を【繰返すのかもしれません

*浮遊的楽しさには、本質的普遍性は在りません

 

 

自分の子供の頃は家族みんなで味わった餅つきやお節料理作りや【瓦斯炊飯器や電気炊飯器を使う時もありましたが【籾殻まで自前で取った自家米を【火を起こして竈カマト"で炊いて【畑で採れた大豆で作った自家製の味噌とたまりでの食事でした。

魚はブルトラに乗せて来た漁師のさんの朝採れモノか、行商人のオバちゃんの干物とかで【『鮫のたれ』っていうのもオバちゃんの島の手作り品でした》

 

 

 

 

《’260307…宇宙は普遍の地へと向かって誕生した

【ソレは山奥のバス停小屋や

里山の小さな引き戸つきお堂かもしれないし

トタン屋根の劇場公民館とかかもしれない

宇宙は心地よく好きか否かの娯楽だけで、意味づけをしない

 

外内に何も求めず

夏休みの朝のラジオ体操が終わって蝉が鳴き出し、縁側で木々の間からの風と風鈴の風情を味わい、森に出掛けて涼み、花火で遊び、たこ焼きを焼きながら『八時だよ全員集合』や『宇宙家族ロビンソン』を観て笑い、夜の散歩に出掛けて望遠鏡で星を観て楽しむだけです

 

 

昨夜お店のtvで【うん十年前にお会いした高松塚古墳壁画さんを見ました

何方か知らないですがこんばんはって挨拶したら

もしかしたら伝わってもたか?シーンはそそくさと🎠印度の方に変わってもうたです🙄

 

 

マサトさんはアッチの世界版印度で50年間サイ・ババ氏と生活されたそうですが

トゥクトゥクオンボロバスカオス交通露店人人人人沐浴場カースト君ゴッコと野良牛猫犬までもの【コノ雑踏印度なら行ってみたい

 

あっという間に仕立巡り御札観光信者でごった返る世界/文化違産シーンに変わってもたので🙄店を出ました

【動物と違い人間界隈のコントロールは容易い

 

 

飛鳥時代から» 藤原凶に移行して『日本学級ホンカクテキ管理社会』の戸籍や税の制度が誕生したとの解説でしたが【私達への来るイベントに備えての?必要脚本?か

 

鹿しながら

他者の上に立とうとスル僕チャンたちの価値観と

【今だに人は管理される社会を当たり前として、

【著名/肩書/業績/樹立.偉業.名声モノを賞賛し賛美化便乗をしてきた、数十億人の取巻き眠たち

 

 

本来シェアとは【横並び個々の【着地自立の構図です

* 基本スタイルが【自らが探求をしようとする動機にて【本質部分を自らが考える【お互いが先生での教室/寺スタイルです

 

※宇宙のシンプルな本質は【楽しんでいるイイ意味での探究娯楽自分流儀と【奥ゆかしい配慮所作のシェアなのでしょう

 

 

自分は他者さんの過去記事を読もうにも10頁坊主なのですが【以前読んだマサトさんの’2305の『無限の過去…大川放流かく語りき』の01からを読み返してみました

 

 

*超光子ヒカリには意識はない

【…神とはこの全ての始まりの元となった存在、超光子ヒカリと、そこから生まれた二つの意識として在る……というふうに誕生した二つの意識は、後になってそのように考えたのだ。……】

 

(*超光子ヒカリ(ヴィシュヌ):ヒンズー教のヴィシュヌさんという方とは関係ないそう

*二つの意識:アートマン/ブラフマン)

読むほどに、深く、シンプルでした。

 

コレを書ける人って地球でマサトさん以外に何人居るのでしょう

 

ところでオオモトノ神さんでさえ、何故『在』が生じてるのや??、、と堂々巡りをしているソウですが、コレよりも創世側は、↓↓と鹿【精神衛生上w 言えませんし【チガウとも、、神デス🐒ら言エません

 

【“有無”すらも何も全くの何も無かった、、

【ので

【何か(超光子ヒカリ)が在った、、🐣

最早意味不明です笑》

 

 

 

 

《’260326…ドヤ値と同列普遍の地

草業百..年記念の一品を頂きました。
多展開の銘菓を、多彩なデザインパッケージで【観光客や百貨店向けに製造されている我菓子屋さんみたいです


片やとある商店街の【製造数もほぼ据え置きで【雇い人さんに任せるのではなく店主自ら早朝から作っている【ドヤ値とはほどとおい、駄菓子屋さんや八百屋さんや食堂さんとまったく同じ昭和メソッドでの店構え展開をされておられる地も在ります

 

 

偶然来てもた京途駅北1.5㌔ししょしょしょょょぼさアルね~!!たまんない♡♡♡♡

観光客いつもオラ鹿居ない感じw

縁結びの繁盛神社だって👯不思議な感じ?のところ

 

 

 

更に北北東1.5㌔

20年前偶然入ったプチ図書館茶フェ『ハロ-!』さん

 

鹿しながら門構えドヤ値300%で、、

(*お借りしました。店員さんと残念ながら別嬪さん♡にもボカシ入れました)

 

日本文化も海外文化も『目利き文化』素晴らしいけれど

あえて線引きしてみました

まあ古今東西コンな感じかな..

 

*弥生時代に必要性にて一旦取入れても来た『ドヤ値への目利き文化』か

 

片や

*ドヤ値部分だけを丁度引算した =ホッとする元来的な縄文日本での【土間や錆び錆トタン壁内外装の縄文波長雑踏αな『普遍生活での目利き文化』か

 

 

 

所変わり

コチラに来るとたまにご近所の八百屋さんで大根や人参を買いますが保ちがイイです🙄

 

 

 

 

 

《’260219…『達成制覇原理主義の滑落時代に入った』
 

大阪生まれで印刷所職人をなされてた東浦奈良男さん

ご両親の郷里での

“台風の最中でも見かけた

“山の寝グラから下りて来た?
憶測の尽きない遭遇者が多かったコトでしょう


自分の遭遇印象へは【“昭和の村人農夫が街中を歩いて畑に向かう”、、様な感を受けました

 

実は子供の頃に、家に山窩サンカの訪問団が三回ほど回って来て庭先でにこにこ楽しそうに作業をされてましてね。母ちゃんからは山や川原とかでの集団生活者って聞きました

『風の王国』って本で山窩のコトが脳内で段々と繋がってきましたね

 

図書館の雑誌コーナーで、山の界隈人振りたがり系雑誌の↩シ"ョウホウハッシンフ"ンカノヒテイテ"ハアリマセン真ん中をパッと開いたらコノ方の追悼特集の1頁目で..

?

ソウ言やコンな人一回見かけたど。。

 

まさかのソノ人でした笑

 

私が雑誌から受けた印象は、ですが

ナチュラルな集いを【超えての、分け隔て化界隈人振りバッジを掲げて、群れたりや、体育会系達成制覇原理主義的での様な【サモシさではなくて

近隣の唯の裏山とかに春の遠足旅行者の様に毎日出かけるのが楽しみで【台風の山中をも格別の楽しい時間の彩りだった。。

【唯の人が良い。という

【ムー?山窩などの生まれ変わりなのかな?って感じがしました

 

 

 

…'250503

かつて本家ホンヤ(ホンケ)が結構な土地を持っていて【『きつね山』という周囲30m×高さ2m程のポコ山が在りました。

原生山名の天保山以下のポコ山が日本各地には無数に存在をしてたのです。

 

近所の人や幼馴染は、家の周辺のコトを『○○裏』と呼んでいて【その度に自分はキョトンとなりました。

嫌われていた訳ではなかったみたいですが、

本家ホンヤの幼馴染2人は【負の遺産を、ネガティブな体験にて転生昇華しにやって来た感があります

 

また【知り合いの女性宅の納屋が全焼した後にクリスタル製のクモがたくさん空に上っていく浄化の夢を見たと聞いた頃、

自分も本家の家屋だけが全焼していて【後日夢で【探険隊隊長として男女数人の先頭で【裏の柿の木畑の石垣を登ったら【真黒い蜘蛛がたくさん降りて来てギャ~っと隊員に飛びつきそうになったのを見ていました

 

私の祖父の弟は家の二階で算盤教室をやってたとのコトで【銀行員で【勤務先の近くに養子に行き【奥さんは年賀状のペン字がモノスゴく上手で【母ちゃんに聞けば習字の先生とのコトでしたが

私は習字は性に合っていたのに幼馴染と共に半年で算盤学校へと鞍替えして【算数は得意だったのに、世紀のグズなので【10級から全く進級しませんでした

 

コノ詰込算盤と活版印刷紙で将来がいったいどう成るのだや?【全く意味の見えない机で【沢山の生徒達に強烈な異種感覚を感じていた【10級のままの♪オララ~でしたイシュナノハオララテ"ショカw

 

 

大人になってからは【よく『きつね山』の近くを歩いてるとキツネやテンに遭遇をして目が合います。

何かを伝えたいみたいですが、

ひさしぶりに浮きを川上に投じてはまた繰り返す鮒やシラハヨ針なし団子釣りでもやってみよう。

なんか観えてくるかもしんないねえ

 


…’260216

絶対に頂上を行先目的地にしないプチ放浪


殆ど誰もが、山登りや時転車ツーリングとは【登頂/ゴールでの達成制覇原理主義的な展開を【ソノままステレオタイプに捉えてパラダイム化をしています

【よく“引き返す勇気を” などと言われるみたいですが【そもそもが根本的に山登りや時転車ツーリングなどでは、目標化〽に興じ、頂上やゴール在りきのモノだと勘違いをしてしまっています

 

名所や名物や旅アイテムでさえも、ほぼ削り落とし【航行視界を如何に最小限に持っていくかタイワンナラハ"ホホ"ヤタイトコウシンサンメク"リタ"ケトカ

 

中腹の斜面の石に目が行き、しゃがみこんでオレンジに光る夜行虫を見つけたり、鹿と鳴き合いゴッコを楽しんだり

結果展開としての無頓着プチ放浪が本来の展開なのではないでしょうか【結果として頂上を経由しているのかもしれませんが

 


…’260204

『仕立て巡り 対 佇む時海 奥の景色』

何十回と連れてってもらった家族下道遠出での父ちゃんの巷解説

9才の夏【中央光速では360ccの半$も握らせてもらった

 

友達の妹は遠出車内では終始車窓を味わってたが

【友達の娘2人はわざわざビデオなるモノへの、仕立て巡りの迎合時間だった

【友達も名所や宿泊メニューなる仕立て巡りモノで、わざわざ息抜きをしたいタイプで、

友達だけ1人を置いて皆んなで街中の波打ち際で花火をして積極的に浜を味わった

 

【知らぬ街

佇む時海

奥の景色

..字あまりトタン山♪】

 

 

地図でか?見つけて視察に行き【教室で隣村の隣村の隣村の洞窟探険に⑧名ほどが飛びついて来たので再度向かった

持参し合った紐を這わせて【奥へ奥へ行くと【椅子状の場所に知らない年号が書かれていたり【蛙や昆虫もいた【鍾乳石?の現実の異世界は【人一人いない野獣だらけの夜の裏山世界とも似ていた。
1人ずつ通れる岩の隙間を匍匐前進しては奥の狭い隙間へと流れていく地下水を首を上げてクグッて【どんどん行って登ると無音だった地下に音が聞こえてきて【滝が現れた【ソレよりも先は素手では通れない隙間だった。

自転車が入口に数台あるので【遭難しても大丈夫だが

コレ以上人間が行っても意味はない

 

人は動物たちと違って【自らの渦潮化をしている脳内メ一カ一の航行視界を【シンプルに精査明確にして行かないと【いつまでも着地ができない

仏料理の様に【何の味わいを求めているのか?【延々と他国を探検しては支配してチャンポンの味わいに満足しては【また違う素材を加えて行く。

 

意思の疎通可能な養殖動物の頃枠入り飼料の直撃も避けられず【延々と続く負の循環で【ソレ相応の事態が必然的に起こり【回避/応援も逸れていき【なぜ自分がと頭を悩まし【人のせいにしては【また負の循環を創り込んでいく

 

ガブリエルって人に【人は本来【エグい生き方をしての修正的要因を作らなければ【今生やどの転生に於いても【事態に遭遇しないモノなのです【と言われましたが

人の航行視界は【本来は【外社会のモノでも洞窟内のモノでもなくて【自分の内のシンプルビジョンだったのです

 

 

…'240808

“顧みる”モニター/修正作業はあれど【“省みる”自己嫌悪は不要

他者にドう思われているか..など【他者が嫌がっているコトさえしなければ500%ドだってエエ

【なぜならば自分自身を100%愛せれているから

 

則ち他者に対する目線も一緒であり【基本的にコノ世住人へは【分析/批評作業はスレど【個人的批判はNGです

 

・本来の舞とは、私たちへ舞うのであって【何らかとのエネルギーを繋げたり、意味などすらも紐付け不要

自身の旗振り役は自分自身です

便宜上大統領ですが【スナフキンみたいな調整役ですね

ウルグアイ ムヒカ大統領:大人は子どもをせかさないでほしい。子どもはゆっくり育つべきなんだ。

 

 

本来の日本土上人(縄文人)の性質とは

・フレンドリーで他者との優劣思考を持たず

・自分たちの内に力が在るコトを理解していた故に自らを信頼していたので【自らの楽しさ感を持っており【されど “自分のスタイルというラベル” すらにも呪縛されるコトはなく

・国民性云々意識すらも頓着をしない

・集落性はクラスター化を募るコトもなく【自然に任せ、氣ままに生きていた

“カタチ” “スタイル” “勝利獲得ガッツポーズ” “富” などとの、表層に囚われるコトへの無意味さを知っていて

文化的構築すらも【型に陥りやすいコトを知っていた

 

・サリーなどを身に纏い、スナフキンのような、無の方向性のスタイルの人たちばかりだった

・基本的にグローバル化とは反対の半鎖国展開であり、且つ他者の個性ヲも認めあって

・好きな場所に(手段の発達している現代では海外にも)自由に住んでいた》

 

 

 

《’260127…一直線最短ルート

 

ソノ頃バッヂ獲得探“険”ではなく単なる冒険者たちとしての探“検”隊を名乗って東の大にも行こうと4人で猛勉強をしだした言い出しっぺのオラッチェが4日でやっぱり面白くない滑稽さに氣づいて🐧人生とは夏休みの連続であると【母ちゃん夏休みになったんで□君と◎君と○君とで黒部ダム行ってくるは~~父ちゃんに内緒にしといて~【ほんと~!ハイハイッ。て夏休みの宿題を名前以外ポイッの筈が【◎君のお母さんが息子さんまた無茶な計画をたててるみたいと訪ねて来たらしく【変わってもうて○君と2人で奈良京都になって【一直線に線を引いて走ったらヘトヘトの超峠越えばかりに気づいて里におりて迂回して25時頃国道脇の畦道で時転車2台に【○君所で見つけて提案して持ってきてたビニールハウス用の銀色破片を被せて爆睡して【5時頃に頭3m後方のクルマの走行音で奮い立って更に登坂に挑んで【昼前に桜井で細い饂飩を食べてプチ異郷感を味わい元気モリモリで明日香村の高松塚古墳の壁画を見に行ってドヤドヤ気分になり【奈良公園の🐐の横で寝ようと隅の芝生上で時転車テントに寝てたら警察が来てココは有数の観光地なので~何が起こるか判らないので~と【安い旅館を手配されて泊まったら翌朝に○君とお父さんと父ちゃんが囲んで寝起きのわるいオラッチェを見おろして笑っていて【コマカイシ″ユウショモ☎モkサツニハキカレナカッタノテ″一瞬旅ッ館メ~と思ったが【高校生ぐらいだったならまだしも、、との意見もあったらしく【予定変更を受入れる筈がないサテト″ウタ″ハスルカと聞いたみたいな○君のお父さんの顔から察して【ナニゴトも貫徹大っ嫌いで物分かりのエエオラッチェは急遽時転車を日通で送ってもらってクルマでの奈良観光となり【ルンルンドライブで帰ってきて【夜のご飯は久しぶりの🍛で完だった【ソノ後に○君は東大寺ではなく探検計画校の東の大に一直線入隊した【が、彼も俗世海の哲学的夢遊病の答え探しにてバッヂ探険側に滑落したままになっている【想えばアノ🐧夏休み明日香村奈良放浪が○君とオラッチェが真逆方向に分かれる最後の㊗放浪だったのかもしんないねえ⛱🐐🐎🙄》

 

 

 

 

《’251109…

よい子は絶対にマネをしてください

 

下校中京途の親戚の家に行くからと誘われて一区買ってー益手前のホ一ムをはちって踏霧まではちってたら友達が追い越してって運動神経のエエやつは背丈以上の深さのマスにストレートでとびこんでって幸いにも壁を蹴って生きていて膝だけが血だらけになってひっぱり上げて薬局で赤チン買って銭湯に浸かって片足が濡れたままの靴履いてソノ先の京途益まで歩いてたら最初から勝手におしかけるつもりだったらしくて親戚に行かんと言い出し畑の家屋廃材と被せてあるトタンの下の隙間に釘に注意して横になって夜を明かそうとしたけど11月だったのでまた25時頃に京途益まで歩いて忘れもしない畑の横の民家の前でソコ以外京途のどこにもみかけなかったホットの自販機ナルモノにはじめてであって歓喜して唯一のこってた紅茶を買ったら1本で全売切れで2人で分けてまた歩いて待合室の床でホームレスのとなりで寝てたら4時頃新聞紙を掛けてくでる2人連れがいて深夜喫茶でごちそうになって託ちーでアパ一ト行って夜の仕事の2人は銅製AI者だそうでなんかキモいので7時頃に挨拶してでて京途デパ一トで買い物して缶紅してまた1区かって山羊での乗換でなんと到着した列車で地元の歴史旅行団体と鉢合わせしてしまい引率者できていた担任の先生と真っ先に目が合ってソノまま紛れて帰ってきてしれっと益をでて友達はオラが追い越してったと記憶していてヤワテ″ナイ㊚フタリカ″イチモクサンニハシッテカマワス″オイコシテッタタ″ケノホンニンハマサカウシロメタカッタノカナ?よいこは絶対まねをしてくださいこどもの世界は大人のさもしい世界ではなくてだれもが主役なので基本はシェアなのであり印度人モ友ダチデ列車内はべつとしてたとえ屋根ニノボッテイテモ子供ハガタガタイイマセン

 

 

…’251227

想えば京途駅の一つ二つ手前益では大きい益だろうと三つほど手前の益で脱獄したはずで【ソノ時の銭湯が存続していて時間もコンな感じだたアル

 

↻地図さん

コノ手前に在った薬局はもう無いみたいで均鉄もコノ辺りは高架化がされた更に想い返せば帰りはヒト益目がトウかヒガシかアズマか木符販売機などない頃はローマ字表記すらもなくその先は倍以上で横の刻鉄線jrの一益目を窓口で買って他社線通路🔁直通ダッタコロの山羊益の均鉄線で入って来た車両1両目の担忍の占生と真っ先に目が合った🐒🐒??🙄だ》

 

 

 

 

《’260425…『家族で泳ぐ社海』


多くの人々は

狂育学歴システムに創生期の20年を取られ【コンクリート塔や社会/経済や収支、酷家システムなるモノに食らいついて【疑問に思っている人は多いのですが【家族で延々と社海を泳ぎ流されて【着地がされていない状態となっていますね

 

抑、八時だよ全員集合の共有感があれば【縄文人なのですが、

啓蒙シェアとしては別としても

*他者に対しての批評心からのコントロールエゴにて

【相手が瀕死状態でもないのに【他存在の未達部分への【救い意識】という上壇側意識眼】を向けて

※コウ在レバとの【他者や他国への在り方への【お節介奉仕干渉『糞グローバル』をして

*『縋らせ屋』と『すがり杖化』での関係での『使い者意識』を生ませている【関係に双方や国同士が向かって来ました

 

※徳積みは見返り魂胆であり

*本来シェアとは『楽しいからさせて頂いている』構図が本質であり

*故にどの様な結果でも心は波たちませんが

今だにF1や輸出なんぞに関わって他国に干渉をしては待ってましたと牽制球を食らって、世界どころか足下の日本の資本主義屋にすらも海外労働者展開を敷かれてカイカ"イロウト"ウシャワルクナイアルヨ

【僕チャンたちを制する筈の女子からして、殆どが社海事大原理主義にすぎず👯

〽『日本学級』を宝だと血迷い、自らして自らを宝だとはしていません

 

 

↓↓↓の『プチ放浪1/04』では温泉街とは全く知らずに偶々入れた個人共同浴場が硫黄が香る鶯色の源泉掛け流しだった【と言うか街の総てで、、だったのですが

旅に限らず仕立モノ踏破よりも裾野を見ましよう

知っている町か否かに拘らず【夜の街の空気感も【名所の空気感も【同じ新鮮な場です

先進国とやらの民ほどに、

自らが率先して『湯捏粉☆数教』や『身首濫世界/文化違産』なんぞの隷従檀家として【認定をしてくださいと🐒懇願し、

*結局は『仕立観光モノ巡り』の踏破が旅だと思っていたりします

 

他存在を襲ってまで統率をして『国』だのやらを展開してきた

【体育会系村人根性日本学級をあなたは本当の日本だとの思っていませんか。

前世も含めてのあなたの生き方に後ろめたさが無ければ【事態は起こらないかもしれないし

【たとえ皆で滅びようとも問題はなく

【飽く迄も本来はですが、政治などは不要なのですエンノシタチョウセイヤクカ"スキテ"トクイナヒトハイマス

 

ソノ様な社海事大原理主義にて【先の大戦を見ぬふりをするだけで【招集されても行き

縄文波長を知らない日本が何度も繰り返されて来ました

 

勿論自分も現実的には卒業を出来ていませんが

人生とは【自らの調和心展開での【自身が大自分帝国元首なのです

 

引用させて頂きました

【…キラキラ輝く素敵な○○ムからお誘いいただき、3月○日に○○○ンしたばかりの○○○○○○都 へ行ってきました。○○○○ルといえば、日本を代○する○式ある○○ル。
その伝○とおも○○○の精神をそのままに、○都の文化や美意○を取り入れた空間は、まさに“特○”という言葉がぴったり。

…○○○ヌーン○○ーを楽しんだ後は、
お友達にご案内いただき
○○ラ○都 を見学させていただきました。

○○ラといえば、○○○ポールをはじめ世界各地で展開されているラ○○○アリー○○ルブランド。
その○都は、日本の美意識を大切にしながら、静けさと○質さを追求した特○な空間になっています。…
…木の温もりを感じる○○○○アや、季節を感じるお花、
そしてさりげなく配置された○ートの数々がとても印象的でした。
どの空間も洗○されていて、ただ歩○○○いるだけでも○が○たされるような感覚に。…】

ほんとうのご自分の着地感覚なのでしょうか?🙄

例えば【…ラグ○○アリー○○○ブランド…】ですが、子供時代とかに何の意味がありましたか?

結局は何でも大人が他自を翻弄して、摩擦を社会に作っているのではありませんか

 

私たちは、修学旅行の朝

意中のあの子の横に座れるだろか

一緒に皆んなで旅行ができる

ルンルンする時間が車内で始まり

食事や夜の散策で歩いたりトランプをしたり

大勢が一室で枕を並べた

ソノ様な質素な新鮮さにルンルンしました

上上の様な7割がたの人たちは

【7回目の文明再生地球での高み化石化価値観を

【昇華出来るまで

【高み産物に気をソワソワさせたままでの、転生を繰り返されるみたいです。
因みに既に新生地球はパラレル分岐化でのオーバーラップ展開をしているみたいです。

でも意識を変えれれば瞬間にパラレル変更は可能みたいです

鹿しながら旧地球の高み化石力ってなかなか解凍できないみたいですね

 

…200229

主演監督コリーヌ・セローさん『美しき緑の星』'96仏

 

 


《’260419…

外(存在)界の、様々な関係やモノゴトは

【自分界の (イイ意味での)肥やしに過ぎませんから

【“虜にまで” なってはngですね

例えばギャンブルや応援サポーターなどは【外(存在)界を主従の主としてしまっているにすぎません

 

また【思惑の有無に拘らず、外(存在)界へ

虜化展開を敷いてしまっていたり

杖的ツールを渡していたり

横同列シェアを超えての風上引率展開をしていたりとかも、

ngです

 

片や

こまわり君や先輩栃の嵐君の様に、

何よりも生き方の基盤となるのは、

自ら【自分界の🙄モノゴト】としての】興味/文化/対象や自分の】

主従の主として【没頭】をしているコトが大前提です。

イイ意味での自分自身のファンになる図式を土台としているならば

【匙加減は必要かもですが、全てを注ぎ込もうとも、問題はないですよね。

【仮に全てを失おうともイチ通過点にすぎないのでしょう》

 
 

 

《'231031…

モノゴトの達成感にも全く至福感をみいだせずプラモデルすらも最後まで完成させた記憶がない【心は別の地へと途中下車の自分がいつもいました

コノ世旅行劇場サファリ内でオラはドコに向かってんだろか【まあ来ようと想っただけでもエエのだがや♪

 

当地球旅行劇場での同志理解者を一人も探していない

【まあどの道、何にも杖化はしていないので、心的にはまったく自由だけど

【未だ話せないけれど、実際の同志はなんとなく5ニャンたち、だけな気がする

【がニャンたち側は?笑

 

コレ、今の低学年生が読んだらドウ想う作文だろう

 

最近いくつかの深夜の街中を味わったのだけど【ナゴ屋では、ココ半月は寒くなったりで減ったが【夜遅くの街中や公園やアチコチの路上で【ライブのスピーカーや、プチ爆走や談笑をする

【決して他者への主張ヤバさではなく自らが楽しんで、街でくつろぐ人たちを沢山見かけました

【以前は、人のフレンドリーさでは大阪人のほうが圧倒的にフレンドリーだったけれど【街中のフレンドリー感はナゴ屋圏のほうがあります。


人だけが他存在が用意発信したに過ぎないモノやモノゴトを見上げて価値を見出しては逸れていくモノです

【ソノ点、可児の街は【中層階のマンションや大規模ソーラーなどもなくて大地は保たれていた

【大型商業店が個人商店を食い潰してはいるが【小さな駅前では沢山の人が路上に座ってくつろいでいて、小さな体育館では家族や仲間でのバドミントンなんかも【コンビニがなくて手づくりパン屋さんがあったり小さな駅構内では露店屋さんが営業をしていたり

たったソレだけの規模ゆえに【飽和コンクリート社会にはないルンルンが流れていました

【そう言えば2度も小学生たちに手を振って挨拶をしてもらった【仲間の素質がありそだと感じてくでたんだろう

 

 


《'231025…食の関西、味の中京

深夜に名小屋を10キロほど歩いてから

メーカー直営店のガラスに張り付いて撮った、初代鞍運?

 

早朝に再度金物沢に来たのですが【まさかのナンカイメ犬六園に行くコトとなりました

【超生き生きとしている巨大盆栽の松の木。自噴カラクリの噴水、綺麗さを維持させている茶室庵など。

しかしながらドやドヤ!!自体..【に何の意味があるのか..カッタルイ

結局は【他者が他者の上に立ち【根底に沈んでいった人たちとの【地上絵巻墓石園に過ぎないのです

 

セルフカフェ

【日付変更前名小屋駅に戻って、千種駅南西側に『セルフカフェ』という【飲みモノなどをセルフ機で購入して24時間滞在できる無人カフェができていたので歩いて行ってみた

【男性のみならず女性の単独客も多く【利用者同士が他を思いやる【まさに5次元域的な場所でした

 

【お昼の大連飯店 大須店で台湾ラーメンでは【名小屋圏の技の高さには驚愕でした

【魚介コッテリ系はまだしも、哺乳類コッテリ系では絶対に太刀打ちできません

【脳裏に刻まれるニンニク系のインパクトと唐辛子の旨味、野菜系のスッキリさと、更に中華そば感の香りでの【輪郭エッジをボヤけさせていないベトコンラーメンと同様の、双璧を成す感がありました

 

 

【夜は岐阜の各務原へ行って銭湯に浸かり

【ソノ翌朝(昨日)に名小屋で時間調整をしてから、お隣の蟹江の『みかくどう』さんへ

10:時に行ったけど椅子は伏せられたママで完全閉店状態やった

帰ろかと思ったが、10:30開店と勘違いしてたので【残り30分一応近くを散策して【堤防道路への縄文的な石段を見つけたので、中国製日本手拭いを日傘代わりにおっさんが農婦被りして座り平和な時間を味わって

 

↓↓全部借物画

再度来たら【なんと別のパラレルにでも来たかの~、店内は客客客だった

お好み焼きか焼きそばをつけると150円→200円にアップをする日替わりランチ

 

【たこ焼き15個【ミニたい焼き2個【おでん2皿【串団子の店内焼き【焼きたてお好み焼き付ランチ200円×2【を食べました

【味噌汁も、作り置きのワッフルも全部絶品で【味噌汁の味噌は昔ながらの個人製法の豆味噌の味で【強烈な風味でした

ご主人は、そうかなあ??違い解らんけど.. ととぼけてたが

 

【店内はカオス状態で【注文メニューを自分で広告の裏に書いて、出来上がりを自分でテーブルに運んで、会計も最後に広告裏にて暗算で行います

【大阪西成区の大阪飯店に25年前から行ってたのですが【もっと古くからやっている感じのお店で【まさかの飲食自体のインパクトが大阪飯店よりもあったとは笑

 

堪んない外観

【“近鉄”蟹江駅の【ナゴ屋側の踏切を渡って国道1号との交差点

【人生の他の時間を削ってでも一度ご訪問を訪れられるのを

 

歩いた距離は計60㌔【💯EVAビーチサンダルでもコンクリート上では疲労するので【青竹踏みは絶大な回復効果をモタラします

【足首を冷やすのはNGで【冬はEVA素材製の軽くて暖かい長靴となります

 

 


《'231020…
先日、観光も含めたら、まさかの7回目だった金物沢市訪問をしました

【営業直前の駅構内デパートの三箇所の、それぞれの入口で、お腹あたりに両手を添えて真っすぐに前だけを見て立っておられる女性の【お一人に、イスに座ってコーヒーしながらニコニコしててくださ~い【って大きな声で言ったら聞こえたのか、クスッとされていました


【高争ビルもチラホラできてて【日本建築テイストの大きくて立派な金属コンクリート物件が沢山建ってたり

【アチコチの建物の硝子窓からは【有難やらしき人の落書きやナンチャテ創作物が道から観えたり【また小洒落た店舗も無数にアチコチあるので

【平日にもかかわらず “金物沢スゴイデショ” の町は、沢山の欧米観光客やハイソさんでとても賑わってました

駅から適当に市役所方向へと歩いてって【嘗て父ちゃんが単身赴任で住んどった場所の手帖のメモをたよりに、今の番地を教えていただきました。

増泉町口 . . - .は、口ではなくカタカナのロでしょうとのコトで台帳を見て» 現在は : 増泉**-*になっていました

【まだ5時間ほど時間が空いていたので、1Fの自販機コーナーで雑誌を見ながらマッタリ
【途中の梅の屋さんって食堂で美味しいカレーうどんの大盛を食べ

【金物沢市の町は、古都奈良のような、いにしえ感は殆どないのですが【坂道と無数の石垣の整備と疎水路(そすいろ:用水路)や古い木造の建造物が沢山あったりでした

 

※人の上に立とうとはしなかった縄文の人たちは、基本的に最小限の石垣しか積まなかった筈ですが

 

 

 

【更に歩いて小学校夏休みに一晩滞在した借家アパートの場所にやって来ました
【もう当時の界隈は、↻地図のとおりで様変わりをしていて【記憶と合致したのは、きれいな疎水が流れる防火用水路だけで【手作りの麻の実いなり寿司を朝持ってきてくださった、きれいな浅野さんの奥さんも歩いてそうになく

突っ立ってたら【ご近所の着物姿のご主人が出てきました
【番地場所の写真だけ撮ってたら引っ込んでかれて

【いざ帰ろうとしたら、またタイミングよく出てこられたので(オラの自作自演シナリオ劇場ですが笑)
【もしやと思ってお訊きしたら【浅野さんの奥さんもご主人もご卒業をされていて、家も、お父さんが居られた借家も、ゴッソリNTTになって【この界隈も、元々の地元住民は私とあと一軒になりましたと、聞かせて頂きました

【着物がイイですねえ!って言ったら、着物大好きだから~と嬉しそうにされて【私は安くて軽いビーチサンダルが好きなんですと見せたら【笑って出掛けて行かれました
 

金物沢市は【人を惹きつけるビジョン展開をしっかりと行っておられるようですが【でもソレでは阪神のニノ前の危険性が…

【“金物沢スゴいでしょ”の【人の上に立とうとする資本主義屋展開から【180°ターンとなる “結果的に” 人を惹きつける町となっていくと【更に素敵な変貌が訪れるでしょう

 

 


《180702…本来の純粋なコノ土上を走る

今回も
サッと出かけ特別仕立てナシ
買い食い原点のプチ放浪4/04です

30分仮眠済0627水21:30»ドン22:20飲物弁当を買って駐車場で♡☆23:30»R23名四国道»知立BP»(以降BP略)岡崎»蒲郡»豊橋»豊橋東»R1潮見(80km/h標識)»浜名»浜松»磐田»袋井»掛川»日坂»島田金谷»藤枝»岡部»静清»富士由比(ゆい)から28:30由比の街に
スーパー惣菜の海老天丼を桜えびの本場漁港の沢山の鳩と笑29:30»沼津»三島»東駿河湾環状道路»塚原»三ツ谷»

…昨今の東海道R23 R1の推移にも興味があって
休憩や寄り道とナビが壊れつつも沢山のバイパス化走行率がココまで90%程にもなっていて正味あっという間でした

今回旧R1を選んだ箱根峠では一瞬車内にまで流れてきたほどの超濃霧でいつの間にか違う道を笑»箱根の共同浴場営業は10:からみたいなので»下りを楽しみ小田原に

…10年前の深夜
この辺で小さな硝子戸民家の元モータース痕跡の時転車店を発見
高級車十台に混じり仏の'70年代?の細いパイプが2本斜めに後輪軸まで横切ってる女性用ミキスト大衆車がありました(Peugeotではありません)
ラッカー塗装に手描きラインが施され手間のかかる軽いパイプ製荷台でした
ソの店舗は無かったです



小田原市内入口にきて『小田原温泉八里』さんという♨の駐車場で一応仮眠を
三十分で目が覚め丁度開店の10:だったので♨に

旧R1沿いに何気に在る・・とは!
源泉掛け流し
昭和テイスト最高峰の個人温泉
この時間帯でも他県からの人が
贅沢時間
※一般銭湯への抗生商理念の塩素投入は…息苦しい。
私達自らも入浴前(後)に一通り身体を洗って…としたいです
13:»

西湘BP»から降りて昼下がりの海岸線国道は鎌倉まで賑やかで穏やかで楽しそうな店舗も多く左に電車右手は沢山のサーフボードで…藤沢でやっと眠気がきたので相洋中の校庭横の楽しそうな声が聞こえてくる日陰で仮眠30分»逗子»葉山»横須賀ヤマダ電機で樽焼き塩おかき2袋»R357横浜ベイブリッジで右下に大型タンカーとタグボートが»車線を間違って降りてしまい海底トンネルのハシゴは次回に»

20:都内に…都市は日本中どこも同じコンクリ街
ビル側壁面ディスプレイ珍八景が笑
…レインボーブリッジを渡ってR357に戻りR14の今回の目的の市川市辺りの『檎箱中華食堂』に…見つかんなかった笑

幕張のGSを出て道端で位置確認をしていたら寝てしまい30分でまた目覚め…
東から西に進路を変えて一気にR20へ。
24:調布飛行場に。
仮眠2時間半で風と金属柱ロープの響きで目覚め
双発小型プロペラ旅客?機がひっそりと駐機。ストーリーチックな狭い機内なんでしょね☆堪りません♡出来れば超旧いのに…絶対乗ろっと☆3:30出発»

5時頃…白い満月が浮かび高い山が白く光りソノ下を雲の帯が一気に走りソノ下の山々はまだ日陰のままの光景で…しばらく行くと黄金色に照らされた甲府盆地が見えてきました。こんな光景は初めてというほど綺麗で…
市内Pで休憩したら30分寝てました»

空気感のいい白州という街の
スーパーでアイスクリームと揚げたて白身魚フライを»
散策を繰り返し長野の原村»そして国道では2番目に高い麦草峠2127mへ。途中に苔と草と溶岩欠片と池の小さな世界がいっぱいあって山水があちこっち流れ小鳥が鳴き…カナカナ君の声がまだ??少しだけ低いです笑

散策コースでは女性だけのトレッキングもいました
自分はその辺までひとっ走りなのでTシャツ短パン五本指靴下とビーチサンダルです戻ってから土砂降り»

諏訪に降りて眠くなり雨で30分で目覚め»
ミナミ♨230円に
最高の昭和産共同浴場で一瞬独特の香りが源泉掛け流しで…いつの間にか気持ちよくまた30分寝ていました笑»
夕方の諏訪湖畔…散策する人が多かった…泳ぐには冷たい…夜景は次回に»

帰りは初めて諏訪からのR153を走り眠気でパチンコ店のPで2時間…雨で目覚め…買い食いのノリからは逸れるが『はま寿司』へ

計56時間
小刻みに仮眠計8時間しながらBP下道で1222km(寄り道100km)÷実質車上30h》



《171205 標高2127m 麦草峠
峠道一覧を見ていて
【24時間いつでも走り抜けれる一般道】としては諏訪の北の麦草峠が渋峠2172mに次いで2番目だとのことで
来週にと思ったら
雪で一旦閉鎖されました》



《171203何故に??
金夜に出てR19でまたまた来た諏訪湖周辺へ笑…プチ放浪3/04

好みではないのすが
シトロエンの中古車で出回っていない不人気モデルをどうしても見てみたくて計画中だったのが
偶然に道沿いに保管?されていたり…
※今回はプチ放浪の更なる引き算簡素化ができそうだったので、その実地確認もあっての放浪でした

【矢木温泉】
11月2日05時半
周囲は住宅や店舗で、前々回の菅野♨さんの近く
早朝5:30~の無人番台営業で230円を料金箱へ
1時半ほど楽しんで

【小さな絵本美術館】へと
先々週にパンフレットを頂いてインスピレーション肥しとしたかった人生4件目の美術館で
本館と八ヶ岳館にいきました

展示されている絵本作品は
こう来たか~~っとの発想の世界ばかりで、
特別なモノではなく殆どの人が落描きなどのノリで一度は描かれたコトのあるジャンルだと言えて、だれもが郷愁シンクロします

岡谷市の本館の方は住宅地のりんご園に在り、日常的な場にとけ込んで居られました

八ヶ岳の方は三方が山となるその高台の林の中で、山々が少し雪をかぶっていたりと素敵な空気感のところでした。


今回の帰り
11月2日R152号での日の暮れ時、初めてR152を通ってみました。
日陰でスリップしたクルマをドライバーみんなで押したり…
少し行くと展望台があり
いきなり20名ほどのカメラマンが…貸切バスの東京の写真教室ご一行でした。
そこでは暗くなる直前の少し雪のかぶった山々の上に満月が出ていて、その下の諏訪湖周辺の町々は一足先に暮れて広大な夜景となる幻想的な情景が。
色々と楽しかったです。

北東側の八ヶ岳方面スマホにISO100 夜景モード補正(意味はない?) +手ブレ+ピンボケ


西側の諏訪湖周辺
左の山の麓の白いのは霞か雲で、その少し右下のところが左右で10kmほどの諏訪湖で、周囲を町の燈が囲っています

ここから標高1400m以上の山岳路線へ一気に駆け上がって更に分杭峠を抜けて百数十キロ風花の舞う綺麗な山間部を走りました》



《171119【再度R19へ】2/04
先々週に引き続き建造物を見に信州へ、金曜の夕方出て
カセット焜炉でドリップコーヒーを飲みつつ奈良井で仮眠してたらパトカーが巡回してきたので談笑して
翌朝に奈良井宿にある木造橋に
吊り橋構造の桃介橋さんと同じトラス建造物ですが、橋自体が丸々力を受持つ通常の橋で、裏側を観てみると、構造面への解析が及ばない、かなりの見応えのある木曽の大橋さんでした





雨もやみ、宿場街道内を10km程度で車で走ると
早朝でも五平餅の道端商店が♡

駒屋さん
生地食感と風味も三個/三種のタレも
団子も頂いたら、米のザラつき感を敢えて残されておられ、時間経過後の絶妙な固さも・・・
衝撃的で4皿頂きました。

四時から臼(うす) で搗き、総てが手作業♪♪

世界に類を見ない添加物食社会のニッポン
本物の食は伝わって来るモノがダイレクトです


【守矢資料館】
茅野市にあったというコトを一週間前に知り、また諏訪湖周辺に来ました

近くの作品群共に自然に沿った工夫が随所に発見できて手掛けられた藤森照信さんという方のインスピレーションに感銘を受けましたが、大和朝廷の資料館だというコトを後で知りました

歪な手ふきガラスは、何とも言えぬ味が



↓Wiさん


湖畔の大きな館内♨の片倉館に入りました。硫黄の香りが翌日もしていました
諏訪湖岸道路のコンビニPで雪夜景を堪能してからR19に
深夜にライトで綺麗に浮かび上がった桃介橋さんの袂タモトでは
雪もやんで星空と山と桃介橋さんが綺麗で、素晴らしい道端でした。》
 



《171105【R19】プチ放浪1/04
試しに中央信州方面からの下道で久しぶりの東京モーターショーへ、が、休みが減ったので金曜の夜から出て今回は諏訪湖での折返しです

途中、夜の景観をただ単に観てみたかったので馬籠を目指して駐車場に25:頃に着きました

昨夜は(といってもさっき)瑞浪を過ぎて30分ほど仮眠してた場所が行程地だったのか妙な場所で急にかなり咳込み出して目覚め、急性風邪ひきとなって猛烈な咳込みのまま辿り着いたのだけど、車中でいつの間にか眠ってしまい解除し忘れていた目覚ましとエンジンを止めていたらしく寒さで4時すぎに目覚め無数の何かが外れていったかの?ピタリと治まっていました

外は思っていたほどは寒くなくニャンコさんがわざわざ出迎えてくださって♡♡ご挨拶をして…セーターだけ着て暖か缶コーヒーを飲みながら宿場町の上側まで歩きました♪

結構な高低差が
側溝を綺麗な山水が流れていて
水車が触れれるほどの場に。
立地的に井戸は無理なのかな?立地的宝物原点を外していない生活観センスが出ていました。
夏は涼しそう

ミナミさんのブログでさくやさんが、
“斜面に沿って自然な街並みを作ると最も魅力が出るの”・・・ようなコトを仰っていましたが

まだ静かに寝静まった馬籠でした


南木曽【桃介橋】さん
もう一度R19に出て
今度は木造トラス建造物の接続部例を見てみたくって、
確か?木造トラスでの吊り橋だったような・・初めてコノ場所で停車を。

国道から上へ上がる小路があったのでワクワクしながら掛け登ると…!わずか数メートルでした
国道走行中に見てた印象では…今でも使われてんだろか…だったのですが…とても整備の行き届いた吊り橋です

全長247m
大正時代に発電所建設用にたった一年ほどで作り上げたようですが素晴らしい作りです

wiさん


大正時代のコノ橋は、一度廃橋にしたそうですが、結局20年ほどして保存整備の選択となり、
ご英断ですね。

R19号さんが真下を通ります
桃介橋さんの方が先輩

☆木造トラスで
・接続部も、複雑な金具を使っていない
・橋脚以外は分解交換可能であり
・更には比較的容易いというコトでしょうか
正に自分が見てみたかった接続部施工例にピッタシでした。

☆☆コノ様な一見地味な強烈原点お宝が沢山消えていった日本
あなたはどこを見つめますか…

トラス欄干の上部
下の白い石は大型冷蔵庫ほどあります


中央部から木曽川の河原に下りれます


トロッコ列車のレールが敷かれていた部分として、違う木で再生
コノでシュラフを敷いて星空を観ていたいです☆☆

再度走りR19号を縫うように併走する旧街道を走ったり

そしてR19号の登り二車線の塩尻峠を一気に駆け上がって右コーナーに進入すると左側が一気に開け眼下に大きな諏訪湖が見えます


♨菅野温泉共同浴場さん 230円
市内には八十数件の浴場が民家や商店などと混在しているようです



♨2軒目
初めて来た時は20時頃で湯の町とは知らず、銭湯でも無いだろかに~~とやって来たのが写真手前右の♨共同浴場でした。
引き戸を開けて幾らですか?と尋ねると

『ここは、一般客さんは入れないのです。それとこちらは女湯の方です(笑笑)』という感じでした。
お向いもダメで(左手♨塩ビ波板二重壁の)三軒南に♨大和温泉さんがありますと
※写真は初回のモノ
奥の建物は♨福祉会館さん源泉掛け流しでコチラも入れるみたいです


?ココ?み?ん?家?の?奥へ?行ってみると


中庭の出しっぱなしの料金と盆。浴場は香ばしい硫黄臭がかなりしていて、良く見ると薄緑色です

 

ココまで